2017年04月21日

佐藤龍一「LEGACY OF LOVE」ALBUMとの出会い その2




「天使が空降ってくる」という願望は男女問わずいくつになってもあるかも知れな、と思ったのはあの三田佳子がテレ朝のドラマで老婆の恋による若者殺人という役どころをこなし天海祐希演じる取り調べ官と丁々発止のやり取りをしているところを演じているのを見て改めて感じた。






あちきが佐藤龍一氏という音楽家に偶然出会ってことで羽琉多筆記モデルの存在をあのとき、見せたのだとしたら確かにあちきには、素直に喜ばしい。しかし、あの日あの時あちきは筆記ちゃんが若いイタリア男との再婚を見せつけられながら、京都島津アリーナでの村田諒太のボクシング観戦デートを試みていたという、バカな老いらくの恋の一途だったという情けなさ。そりゃ井岡一翔はアムナットに2ポイント勝ったとかいうている場合じゃなかったことは確かでありんす。




9月27日のさいたまスーパーアリーナでの安室奈美恵のLIVE参戦にはそういう自分自身への癒やしでもありんす。恋は切ない。愛は愛しい娘に向ける、という行動原理に普遍性がある、というのが世の習いとしたら、あちきは統合失調症という病を抱えて小島某に@「オッパーピッ!」と引っ越し荷物を運ばれ、何で自分が病気になったのかは定かでなく、

そのはるか昔、ドリカムの「大阪LOVER」がクルマのFMから流れてきたときに、ああ! ドリカムの美和だったかがあちきのためにこの歌歌っているんだ、と妙な感覚になったものだ。そしてあちきは、昨年の6月から7月にかけて躁状態になり、選挙運動の橿原でのビ配りに加えて、連日の宝塚歌劇から桂文枝独演会にドリカム万博公演まで出向き、母の30回忌追善供養のために河内音頭 河内家菊水丸追っかけで四天王詣りの盆踊り、そしてサッカー観戦に9月になれば少し控えようという間もなく、安室奈美恵ホール公演「キミだけのHERO」のポスターがアパートの壁から拡声器になり聴こえ気がつけば台風接近の大阪フェスティバルホール公演の3日間に2日通っていた。

いや、人生ひとのこころ模様はお天気のように移り気でその後の秋になにごとがあったかはここでは止めて置こう。




佐藤龍一氏の「LEGACY OF LOVE」つまり愛の遺産には、彼の人生の第2ラウンドからチャンプ目指すボクサーの気概があり、彼にできるならあちきは元コピライターとして、はったり人生を思い切りふくらませる、ということで、今朝は「赤い鳥」「オフ・コース」の音楽聴きながらこの日記は藤圭子さんのYouTubeを聴きながら書き、宇多田ヒカルという稀代の音楽家に「こころ」奪われたとしても老愁に悔いなしとまいりたい。

新口村 恋飛脚大和往来











posted by torayosa at 09:37| 兵庫 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月20日

佐藤龍一「LEGACY OF LOVE」ALBUMとの出会い

CxhtZ8WW8AAOFdx.jpg thumb.jpg


どういうきっかけで佐藤龍一氏の音楽に出会ったのかを思い出せない。多分Twitterに何かの拍子に佐藤龍一氏のつぶやきがあり、それでブログやホームページを見たら音楽専門学校講師などをやり過ごしながら、その後歌うことを再び始めたということに興味を持ち、2014年埼玉スーパーアリーナでの安室奈美恵BALLADA ALBUMを引っさげてのアリーナ公演に久しぶりに埼玉スーパーアリーナに行って見たいというのがきっかけだった。
CtxDJLsVYAARlbp.jpg thumb.jpg
その翌日の新宿のBIGEGGでLIVEに佐藤龍一氏が出演するというのを知り翌日出かけたのは、あちきの誕生日の自分への祝福でもあった。その日セレッソ大阪はなんと浦和レッズに勝ったというのにフォルランが加入したというのに下位を低迷降格争いをするという年だった。


初めての電子チケットによる入場はどんな席かわからないのに2万円が相場になっており、あちきはauガラ携で送られてきたQRコードに不安を抱いていた。そして手には格安スマホのBIGLOBEを持ち慣れぬてつきでSHARPSH90を操り写真を撮り、Wi-Fiの使い方がうまくいかずにいらいらしたり大宮のネットカフェで、Wi-Fiを試したり、スマホの電池持ちにも無知だったので、充電をしたりしていた。泊まったのは、新宿のカプセルホテルでそこには外国人バックパッカーもたくさん泊まっていた。その施設のWi-Fiがなぜか階数によってどうしても繋がらないのだ。こういう仕掛けがその後たびたびあったので、その後はまたか、と思うようにしているが、埼玉スーパーアリーナの絶望的な後ろの席で安室奈美恵の公演を楽しんだ。

翌日新宿BIGEGGでの佐藤龍一氏の出演する会場にゆくまでに新宿から大久保界隈の日本のなかの異邦人世界文化の街をぶらぶらして、少し早めにBIGEGGの場所を確認して、また近所をぶらぶらしてとき、ギターを抱えたミュージシャンが店からでてきた。その人物とはもちろん面識はない。
20141114_192144.jpg

本当にこのような時間にLIVEやっているのか、という不安がよぎるほど昨夜の埼玉スーパーアリーナーの数時間前からの安室奈美恵親衛隊などがあつまるなりきり安室奈美恵ファンクラブ員たちのグループを眺めながらも、チケットboardの電子チケットが分配でのないのに入場できるのか常に不安がつきまとっていた。9月初旬の大阪城ホール公演では分配だったので、事前にこれで入場できますか? と訪ねても問題はなかったのに、今度は確認したら他人名義なので入場できません、と冷たく言われた。冗談じゃない。2万円に決済手数料などもあり、大阪城ホール公演のときより高い金で落札しているんだ。と焦った。しかしどうしようもないのでチケットのネット販売会社に連絡した。なかなか休みなのか連絡が取れないので、JRのさいたま駅に戻り休憩して時間を待った。しかし既に開場したので焦り開き直ってQRコードをかざす列に並んだ。ファンクラブやお財布携帯とか入場入り口が厳格に分けられていたので、それでもその後うろたえたこと多数あるが、この日は連絡が取れないのでとりあえず入場を試みるしかなかった。

それで良かったのか。名義は女性だったと知ったのは、その小さな画面のQRコードの画面には座席番号と名義が小さく書かれていたのだった。

あちきの目では読めないので入場してから係員に読んでもらい、それをmemoしてやっと座席がわかった。その後スマホの知識がたかまっためたそのQRコードをスマホに転送したらスマホで入場できることも知ったが、その当時はスマホを手にしてまだ一週間だったので、何やっているかをよく理解していなかった。

PAP_0033 (490x800).jpg
ともあれ、佐藤龍一氏の出演のLIVEとの落差は音楽環境としては天地の開きあるが、音楽にかける情熱に貴賎はない。

LIVE HOUSEに行くことが数回目であり、その規模のありようの落差にひるんだのだ。列は一時間前には誰もいなかった。30分前でもまだいなかった。15分前になり、あちきは列の一番まえにいた。その横にひとりの愛する娘に似たシンガーソングライターがいたとしても、あちきはその存在が本人かどうかなど聞く余裕はなかった。いや、本当にその通りなのだ。

しばらくして店員兼任のミュージシャンがでてきて、入場案内をした。一番まえなのでライブハウスは特等席だった。目の前だ。

「誰のアーティストファンですか?」と聞かれたので「佐藤龍一さんです」と答えたものだ。

出演者は後ろ席に控え座席は気がつけば塞がっていた。奇妙な女性のダンスパフォーマンスがあったり出演者のプログラムが異様だった。女性のグループかコントのように徘徊してあげくにスクール水着になり、パンストかぶるパフォーマンスに真っ昼間も忘れさせる様子に頭がクラクラした。

あちきはビールを飲みアルコールの力を借りて場に溶け込もうとした。音楽コンプレックスがある。ギターを友達に教えて貰ったら、「お前には無理やと」言われ守屋浩「僕は泣いちっち」になりギターの弦が切れてあちきの頭の線も切れた過去があり、中学の憧れの「麗しのサブリナ」に家庭訪問にようやく辿り着き、庭の卓球台で卓球することになったのに、そのギター教えていた友はあちきを立てることなく完膚なきまでにドライブや複雑なサーブを繰り出し、浮いた玉をスマッシュ! ドライブボールを持ち上げたりカットで返せないあちきをやっつけ、その憧れの麗しのサブリナは、落第点をつけていた。早い話振られた。

ところで佐藤龍一氏のブログで少し過去を知っていたので興味を持ったのは、メジャーデビューしていたのに数年で国外放浪の旅にでたということ。さらにニューヨーク生活やバルブの頃はゲーム音楽の作曲家としてあぶくのように稼いだ時代があったことなど、変わった過去を持ち五十代後半にシンガーソングライターとして、LIVE HOUSEで歌うようになったという経歴に興味を持ったからだった。

そのときの曲の名前などmemoもしていないので覚えていない。しかしひとつ強烈に印象に残ったのは、人間を掘り下げる心象風景に留まらず、人間の細胞に入り込みDNAまで歌詞に刻んでみせた歌だった。


そのとき関西出身のエーベックスでメージャーデビューしたこともあるバンドリーダーも出演していて、修平さんで、その佐藤龍一氏の歌詞とメロディを話題にして、わたしはそのソロシンガーがミュージシャンとしてふたたび輝く舞台へ戻ろうという意志を強くもったことを感じて、音楽家って何を想像できるか、だろうけどいいなって実感したものだ。

佐藤龍一氏はそして、この3月20日自ら個人レーベルを立ち上げ積極的なLIVE HOUSE活動を展開している。

彼のブログを読めば、あちきがなにかいうことはないと言えばない。Twitterには的確なレビューが並んで入り。それそれの音楽素養が反映されており、その細かな音源への興味はつきない。





ただ、あちきにも「なけなしのジョーニーのくせに」はあてはまるし、「愛っていったいなんなの」とキャバレーの愛ちゃんとの葛藤との日々を思い出すし、「嫌いになりたい」ということはないし「その痛みにはわけがある」。高倉健のように演じられないおじんはひとこと多い言の葉を発することになるし、「夜の秘密になりなさい」とかの比喩はあちきにはむりでありんすとその言い訳をできるし「青空ファンク」に前向きに生きることをよしとし「骨」は八代亜紀や都はるみや藤圭子であり、他人船のスナック「B」のカラオケの世界「赤いハンカチ」であり、インスツルメントは歌詞読んでもそうなのか、自分の音楽素養のなさに思い悩むし、「還らざる河」に道頓堀のドン・キホーテとglicoのネオンを見て、「百億年の夢」に宇宙生誕137億年のカオスを感じ「愛の歌は終わらない」とMステ「愛唄」鉄板ソングに杭さす行為に佐藤龍一の面目躍如を頼もしく思い、「天使が空から降ってきた」とは確かに言いえて妙で興福寺 阿修羅像の公開展示こそ神の掲示、仏の慈悲あちきは、その熱意をロームシアター京都での安室奈美恵公演参戦四度目の事実に新曲を全く知らなかったことを後悔しながらも、あのロームシアター京都初参戦1月10日の四階桟敷席で袖触れ合うところで大好きどころか、恋文仕様のプロポーズ小説の満額関東ならぬ回答の合図だったのなら、逃した大魚の大きさに唖然とするしかない。しかしあちきは熊紋美子モデルがいる。
人生を語るのに多弁は無用。





佐藤龍一「LEGACY OF LOVE」ALBUMには地球人の人生が詰まっているというのが、彼の音楽家の「愛の遺産」だということを思い知った。

このCDとの出会いで人生の屈折や苦難や試練や憂鬱が少しでも解消され、生きる勇気、生き延びる知恵が得られるとしたら、年を重ねることは悪くない。


若者よ! 身体鍛えておけ





posted by torayosa at 11:53| 兵庫 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

天城恋人の電車道U(2)

CrFs4OOUIAA_qvt.jpg

マルコムX [DVD] -
マルコムX [DVD] -

ところで奴≠ェマルカムXに共鳴したのはキャシアス・クレイことモハメッド・アリの影響を受けていたことは確かね。だってモハメッド・アリはベトナム戦争の最中に徴兵拒否して世界チャンピオンのタイトル剥奪されるわ徴兵拒否の裁判闘争しなくちゃならないわ、ブラックモスリムの信者になったことで最初の夫人と離婚するなど次々と身に降りかかる災難とも戦ちゃったんでしょう。奴≠フモハメッド・アリWHOEL STORYのDVDにそのことが詳しく映っちゃっていたからさ、あたしも父のことを知らないし思わず見ちゃったの。だってさ、あたしだって自分のルーツは少しは気になるじゃない。それから比べればマルカムXは自分の父が何者かに暗殺されて、それがきっかけで母親が精神病になり、自分も多くの家族の中自立するためにボストンへ出てあらゆる黒人の悪の仕事を学び監獄へ入ったことで独学で勉強して最初はブラック・モスリムに入ったんでしょう。その頃には彼はなんとやがて、イライジャ・ムハッマド教祖の二重人格ぶりを知るようになり、ブラック・パンサーになったんだって。つまり「ブラック イズ ビューティフル」だったかな。白は美しい白人の直毛が美しいという根底を覆すブラックスワンの美しさを唱えだしたそうよね。未だに白は正しい。黒は暗黒のSTAR WARSの映画のように暗黒面とかいうじゃない。日本だって悪人は黒でしょう。紫とは言わない、だって色部とかなっちゃうじゃない、と安邑奈美恵は冗談を交えながらもフォースの覚醒を自分に促すように奴≠フNOTEの秘密を探りだしていた。実際ブラック・モスリム時代のモハメッド・アリはマルカムXとも親しかったそうね。だってキャシアス・クレイ時代にアリさんがソニー・リストんをやっつけた頃からアリさんを応援していたっていうじゃないの。マルカムXの本には家族と一緒に写真撮っているのが掲載されちゃつているんだもの。ところで奴≠ェ『温人NOTELooseLeaf』を始めたのは最初そんなことを中心にしようとしていたわけではないのよね。東京五輪の誘致が話題になっていたのでまずは、その辺りの話から温人と一緒におさらしいたいってことだったみたい。確かに奴≠フ関係者御用達のブログではその準備段階の記事がアップされちゃったようだけど、正直あたしはさ温人の進学とか事務所独立問題で不利な立場にさらされたりで大変なことも経験しちゃってるからさ、読んでないわね。それどころじゃない。早く事務所問題片付けて次のステップに踏み出さないと温人にも迷惑かけちゃうじゃない。週刊誌やテレビワイドショーの格好の話題になっちゃったんだからさ。「安邑孤立!」とか「R事務所にお詫びの手紙で土下座」とかさ。あたしは奴隷じゃ嫌だ! っていう気持ちあったのは確かね。だってさ、あたしがあるのは事務所のお陰だとは感謝しているけど、あたしの個人事務所は名だけで母屋ないのよね。あたしに入って来ない。あたしが公演と音楽CDやDVD売れないとやっと立ち上げてもらった個人レーベルにも迷惑かけるじゃない。あたしはステージ好きだからさいつまでもLIVEで勝負したいじゃない。すくなくともAMURA NAMIE STYLEの維持があたしの魅力でありファンがもっとも期待しているところでしょう。そこを維持するためにがんばっちゃっているの。そうでしょう。鏡に向かっていうことじゃないけどさ、ホントそう思っちゃうのよね。いまのHALL公演の88本もスタップの皆様のお陰で決まっ以上、シンプルでも最高のパフォーマンスで全国駆け巡りたいじゃない。確かに電子チケットになったにもかかわらずさ、プレミアムがつきチケット販売代行やオークションサイトで高値で取引される傾向は大問題だけどさ、本人限定にすればそれはそれでさ、当日どうしても来れない席が空席になるのを見るのは寂しいじゃない? あたしが考える問題じゃないけどさ、あたしはYTさんじゃないんだしね。いまやっと始まった個人レーベルに貢献して自分の個人事務所も稼がなくっちゃならないのは確かね。


ところで奴≠フ『温人NOTE LooseLeaf』の推理しちゃおうかな。と安邑はメイクのNさんとのさまざまなことを思い出しながらもまずは、温人NOTEのその後を探り始めた。

「オリンピック競技大会とW杯(ワールドカップ)

 1987年という時代は、日本が1980年にモスクワ大会をボイコットしたことによって、オリンピック競技大会が東西冷戦の緊張再び露骨化し、まさにヒトラーのベルリン大会≠ェそうであったように、またまぼろしの東京大会≠ェそうであったように政治≠ェつまり『国』が露骨に建前をなおざりにして、国威発揚≠キる時代でした。ソビエト社会主義連邦のアフガニスタン侵攻に対してアメリカNATO(北大西洋条約機構)が反旗を翻し中央アジアの覇権争いになったのです。
1936年(昭和11)ヒトラー政権のナチスドイツのベルリンで行われたオリンピック競技大会は政治的緊張の中で行われました。1940年は日本が日獨伊の三国同盟を結ぶ東京で行われる予定でしたが第二次世界大戦のために中止になりました。その事情についてはまた詳しく触れます。ところで、いま温人くんは「オリンピック競技大会」というニュアンスをどう感じるのでしょうか。つまりつまり「東京オリンピック」が実は「東京オリンピック競技太会」だという事実を丁寧に伝える単語を並べた語感のことです。と、いうのはネ! 1988年冬季オリンピック競技大会が長野で行われており、日本では過去3度もオリンピック競技大会が行われているのです。1964年の東京オリンピック競技大会と札幌冬季オリンピックが1972年にありましたから三度です。何を言いたいのかというとですね、オリンピック競技大会の歴史を見るとね、最初は古代オリンピック競技大会のギリシャの発祥の地アテネ≠ナしょう。つまり本来は都市の競技大会なのにいつの間にか国≠フ競技大会にすり替わっているんじゃないか、と感じるんですね。元オリンピック競技大会のおたくの感想ですけどね。朝早く起きて小学校6年生のときに家に一台しかないラジオにかじりついてローマオリンピック競技大会のとくに陸上競技を雑音まじりで聴いていたんですからね。あのとき100mでハリーが勝ったということを未だに覚えているのですから、親も姉たち姉弟も呆れていたものです。ハリーは確か西ドイツのスプリンターでした。もちろんアベベ・ビキラが裸足でアッピア街道の石畳を走ったこともラジオですからどんな顔かは雑誌で知りました。映画館で当時はニュースが流れたのですが始めてアベベ・ビキラを見たときのあの哲学者のような風貌は忘れられませんでした。800mのピーター・スネル(ニュージーランド)など思い出します。どんな姿で走ったかは後のローマ大会の記録映画で知ることになったのですがラジオであんなに興奮したのは映像がないからでした。ボクシング中継がラジオであったことなどいまでは信じられないことですが、サッカーのような複雑な競技でも当時はラジオでしたからね、ボクシング以上に何がどうなっているのかわかりようがありません。
オリンピック競技大会の歴史に触れる前に、この前の『温人NOTE3』(CHECK MATE)でヘルマン・ケステンの『ゲルニカの子どもたち』によってカルロス少年と温人くんが同世代の年齢なので、いろいろ引用してカルロス少年が独裁者のフランコやヒトラーの圧力によって理不尽に爆撃されたり、フランスへ逃げ込んだりしたいきさつに触れたんだけど、オリンピック競技大会も1970年のミュンヘン大会(西ドイツ)では大変な事件が起りました。『ミュンヘン』という映画になっていますから、Amazonででも購入すれば見れます。

1972年9月5日、ミュンヘンオリンピックの開催中、パレスチナの過激派組織「黒い九月」のメンバー8名が、オリンピック村のイスラエル選手団宿舎に侵入、抵抗した選手ら2人を殺害し、残る9人を人質に取る。彼らはイスラエルに収監されているパレスチナ人の解放を要求。解決は西ドイツ警察に任されることになったが、テロリストとの銃撃戦の結果、イスラエル選手団9名が殺害され、人質11人全員死亡という悲劇的な結果に終ってしまう。

この事件に対し、イスラエル政府は報復を決意。テロの首謀者とされる11名のパレスチナ人の暗殺を計画する。イスラエルの首相ゴルダ・メイア臨席のもと、アヴナーは実行部隊のリーダーとして、モサッド上官エフライヒムから「神の怒り作戦」の説明を受ける。実行部隊のメンバーは、南アフリカ出身の自動車のスペシャリスト・スティーブ、爆弾製造を担当するロバート、現場の「掃除」係である年長者のカール、文書偽造の専門家のハンスである。暗殺のターゲットの多くは、ヨーロッパで活動するPLOの幹部や協力者であり、イスラエル政府とは関係ないがごとき行動が強く要求された。彼らはフランス人のルイという男に接触、情報を得て作戦を進めてゆく。

第一の作戦の標的は、アラファト議長のいとこで、ローマで翻訳家として活動しているワエル・ズワイテルだった。待ち伏せし小口径の拳銃で射殺する。第二の作戦の標的は、PLOパリ代表部幹部のハムシャリで、電話に仕掛けた爆弾での殺害を計画、ハムシャリの娘を誤爆しそうになるものの、殺害に成功する。第三の作戦の舞台は、キプロスのホテルで実行され、滞在しているPLO幹部の部屋のベッドに爆弾を仕掛けるが、爆薬の量が多過ぎ、無関係の宿泊客も巻き込んでしまう。第四の作戦は、レバノンのベイルートで行われ、PLOと黒い九月のメンバーが宿泊していたアパートをイスラエル軍の部隊とともに襲撃。PLOのスポークスマンであったカマル・ナセルも含め標的3人は殺害される。

第五の作戦は、ギリシアのアテネで行われた。あらかじめ手配されていた宿の一室で、アブナーのチームはPLOメンバーと名乗る男と出くわし、パレスチナ人としての立場、すなわちイスラエル勢力に母国を奪われてきた境遇を直に聞くこととなる。アテネでの作戦では、標的抹殺には成功するものの、現場にいたソ連のKGBエージェントも銃撃してしまう。

次の標的は、ミュンヘン・オリンピック事件の最大の黒幕とされる「サラメ」であった。彼をロンドンで発見するものの、作戦着手寸前で酔っ払いに妨害される。ルイの情報では、アメリカのCIAの関係者が、サラメと裏取引をしており、作戦を妨害している可能性があった。そんな中、アブナー達のチームも一人、また一人と暗殺されてゆき、彼らは次第に追いつめられていく。

映画は1972年のミュンヘンオリンピック事件と、その後のイスラエル諜報特務庁(モサッド)による黒い九月に対する報復作戦を描く。ジョージ・ジョナスによるノンフィクション小説『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』を原作とし、トニー・クシュナーとエリック・ロスが脚本を担当した。『シンドラーのリスト』、『プライベート・ライアン』に続くリアルなグロテスク描写のある作品であり、日本における公開ではPG-12指定を受けた。

この映画に登場するアヴナー率いる暗殺チームは実在した集団であるとされ、一部創作しているが、この映画の大体の様に「黒い九月」の幹部達を次々と殺害したと言う(なお、アヴナーら当事者は全て仮名である)。現在アヴナーは名前を変えてアメリカで暮らしている。しかし、モサッドの元高官らはアヴナーの証言を否定している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%B3_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

ウィキペディアから

ミュンヘン [DVD] -
ミュンヘン [DVD] -


発覚

1972年9月5日4時40分頃[1]、ミュンヘンオリンピックの選手村に黒い九月のメンバー8名が敷地のフェンスを乗り越えて侵入した。メンバーは、持ち込んだAK-47等の自動小銃や手榴弾などで武装・覆面した上で、午前4時頃に選手村内のイスラエル選手団宿舎へ突入した[2]。この時、彼らがフェンスを乗り越えるのを目撃している警備員がいたが、夜間に外出した選手達が人目を忍んで戻ってきただけだと思い、気に留めなかったという。

犯人グループは上階のイスラエル選手団居住フロアに侵入し、抵抗したユダヤ系アメリカ人選手とレスリングコーチのモシェ・ワインバーグの2名を殺害し、死亡したワインバーグを庭先に放置したのち、9名を人質に取った[2]。なお、この襲撃時に1人は窓から飛び出して脱出しており、彼が一時拘束された中での唯一の生存者である。

午前5時30分頃、警察官がワインバーグの遺体を発見する。その際に立てこもる黒い九月側に気づき、事件が発覚した。黒い九月の占拠部隊は宿舎から2ページの宣言文からなる犯行声明を警察側へ投げ入れ、イスラエルに収監されているパレスチナ人234名(日本赤軍の岡本公三やドイツ国内で収監中のドイツ赤軍幹部も含む)を午前9時までに解放するよう要求した[1]。この事件は、午前6時20分にはテレビの生中継で報道が始まり、事件の最後まで実況中継されることとなる[2]。
交渉

地元警察は、やむを得ず時間稼ぎのため交渉を行なうことにした。午前8時45分頃、ミュンヘン警察本部長はオリンピック関係者2人とともに玄関先で占拠部隊のリーダーと交渉を行い、まだイスラエル当局と協議中であることにし、期限を午後0時にまで延長させた。ただし、解放されなければ人質2人を射殺する条件であった[2]。西ドイツは、事件発覚直後からイスラエルとの交渉を開始していたが、イスラエルの首相ゴルダ・メイアはこの要求を拒否するとともに、イスラエル軍部隊による事態解決を西ドイツに打診するが、西ドイツの法律は外国軍の国内での活動を制限していたこともあり、西ドイツ側は自国で対応するとして拒否した(イスラエルの特殊部隊派遣は西ドイツ側に侮辱だとして受け取られてしまうと思ったために、打診すらしなかったという説もある)。

これにより、西ドイツ当局は交渉による解決を一切断念することに追い込まれ、武力のみの解決を強要されることになった。しかし、この時点では当局側は占拠部隊の正確な人数を把握していなかったため、イスラエルと交渉中であると騙し、何度も期限延長させていた。午後5時頃、当局側はオリンピック関係者を人質の確認と称して宿舎へ潜入させることに成功した。このオリンピック関係者がそのとき見た占拠部隊のメンバーの人数は5人であることから、当局側は5人と断定して突入の準備を行い、地元警察側に突入部隊を編成して突入直前までいったが、テレビやラジオで実況中継されていたため、占拠部隊に気がつかれてしまい中止することになった。その後、交渉が行なわれ、占拠部隊は飛行機でエジプトの首都カイロへ脱出することを要求し、当局はそれに合意した。午後10時ごろ、占拠部隊と人質は宿舎の地下から当局が用意したバスで宿舎から200m離れた草地へ移動、そこから2機のヘリコプターで空港まで行き、その後は用意された飛行機に乗り移って国外に脱出する手筈であった[2]。だがこれは表向きの話で、実際はバスでの移動途中、もしくは空港で犯人グループを狙撃し、人質を解放する計画であった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%B3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6


 スピルバーグが描く映画ですから描写は迫力ありますし、そのモサドの暗殺部隊がテロ犯人を追い詰める姿にはイスラエル情報機関のモサドの怖さを改めて実感させる映画でもありました。


犯行がパレスチナ人のテロとわかりイスラエルの諜報機関が報復で出るというのですからオリンピック競技大会も「スポーツ大会と政治は別」と単純に行かないことがあるのは昨今のブラジルのRIO大会でもロシアがドーピング問題がありほとんどの選手は出場できませんでした。もちろんドーピングはあってはいけないことですが、ドーピング検査を逃れてでも国威発揚のために勝ちたい国が多々あることも現実の問題として理解しなければなりませんね。
わたしの学び≠フ原点でもある鈴木武樹の著作に『共和国を夢見いる論理』(すずさわ書店)があります。その一節に「オリンピックは《根性》より《欲望》で!」があります。初出は(婦人公論一九七二年三月号)です。
わたしがオリンピック競技大会≠ニ表記するのは鈴木武樹の著書が念頭にあったからです。161頁の引用です。

オリンピック競技大会がまた八年ぶりでまた日本にやってきた──と、こう書くと、読者はおそらく、この表現のどこかにそこはかとない違和感を感じることだろう。そして、やがてはその違和感が「オリンピック競技大会」という言葉のうちにあることに気づくにちがいない。あれは、「オリンピック競技大会」ではなく「オリンピック」なのだと。前者の表現では、個人のわざの競いあいという面に力点が置かれて、あるいは、ありきたりのスポーツ大会といった印象が強くて、ありがたさが足りないと思われるのである。


このことがずっと頭にあるから、わたしは1964年の東京オリンピックも「東京オリンピック競技太会」と思っているわけです。でないと、フラットというか元オリンピックおたくには堪えられない。感じなのです。しかもオリンピック競技大会はピーター・ユベロスが活躍した1984年のロサンゼルス大会によっていわゆるひとつの商業主義≠フ頂点を迎えました。つまり「オリンピック競技大会」はアマチュアリズムからプロが参入する大会に大きく変貌する大会にカジが切られたのです。未だに確かにアマチュアが大きく占める競技もありますがバスケットなどにもMLBのスーパースターが出場するようになりオリンピック競技大会は大きく変貌しました。スポンサーがつかないマイナーな競技も多数存在するのは事実ですが、ゴルフ競技やテニス競技の復活はプロの最高峰の技術をオリンピック競技大会という限られた設定の中で競うのですから、選手にとって名誉以外に得るものは何もありません。中国のホン・シャンシャンという女子ゴルフ選手が銅メダルに輝いたときは正直驚きました。USLPGAで既にメジャー取っている選手ですがまさか銅メダル取るとは思いませんでした。他に強い選手たくさんでていますからね。世の中、確かに動いている以上、そういう動きに適応するのが選手たちの置かれた状況なのでしょうね。テニスの錦織圭選手の活躍も記憶に新しいところでした。もちろん体操の内村航平選手はじめとしたチームやレスリングの選手たちや水泳に加えてわたしの好きな陸上競技での400mリレーのバトンパスの妙味と連携での銀メダル獲得は本当に嬉しいものでした。



奴≠ヘいま、ヤポネシア古代史のおさらいをしている。小説家の黒岩重吾の著作の読み直しや古代史観や松本清張の『謎の源流』のおさらいによる古事記偽書説への認識と日本書紀成立の諸事情にオホド(継体)の倭に入れなかった事情やアメクニオ私ハラキヒロニワの後の欽明天皇の皇子時代の出自名がまぜ日本書紀にも古事記にも書かれてないのか? なぜ、彼は任那の再興を掲げたのかその拝啓にやがて物部守屋と蘇我馬子の連(むらじ)と大臣(おおおみ)との対立『磐船の光芒』(黒岩重吾)描く世界が広がり、日本国家の形成の大化の改新(なかった?)や藤原氏の台頭に壬申の乱の大海人皇子(後の天武)が国家形成に大きく舵を取り藤原宮の本格的宮殿都設営の歴史の「倭」(わ)国から日本国(にほんこく)成立の歴史をこの一年少しずつおさらいしたようですが、その進展の歩は十歩のようだというのが安邑奈美恵の情報網に引っかかってきつつあった。
磐舟の光芒―物部守屋と蘇我馬子〈上〉 (講談社文庫) -
磐舟の光芒―物部守屋と蘇我馬子〈上〉 (講談社文庫) -


DSC_2652 (750x422).jpg
CrEWHZUUMAAKOKa.jpg
NBAスーパースター レブロン・ジェームスやステフィン・カリー
も東京オリンピック大会に参戦だとまさにドリームチーム?
posted by torayosa at 11:04| 兵庫 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月17日

天城恋人の電車道U(1)


CtbDY-HXYAUuC5y.jpg
 奴≠ェ送ってこない『温人NOTELooseLeaf』に何を書こうとしていたのかに興味あるかどうかということを聞かれると、そんなのLIVEの準備で興味ないと言ったって、実は興味持っちゃうのが怖いもん見たさの人間の性とかいっちゃったらおおげさになっちゃうけど、奴≠ェ一年一年痩せてがに股が広がり目が落ち込み髪の毛が白くなり近藤正臣になろうとしたって所詮土台ちがっちゃっているんだから無理よね。
だけど、温人に人殺しさせない。差別の対象にさせないっていう意志は本当だと思う。温人はさ、たまたまあたしと有名ダンサーの元夫の子どもだから直接的にはそういうことがないかも知れないけど、やっぱり母親としては気になるわね。わたしは勉強不足だから「平和安全法制整備法案」とかの内容には詳しくないけど成立の仕方見たらやはりあんな採決の方法が許されるのかって思っちゃうけど、なんでも南スーダンは大変な紛争地帯で政府の閣僚も逃げ出し、無政府地帯状態で内戦状態っていうじやないの。だから、奴≠ェ送って来た『温人NOTE3』(CHECK MATE)編の内容が気になるのよね。だって、奴≠ヘ温人のボクシングファンにしたいという口実でモハメッド・アリスペシャルのDVDの1、2とマニー・パックマン・パッキャオの『6000万ドルの男』のDVD付録で送ってきているんだよ。わらっちゃうわね。奴≠フやることは、あたしが温人に見せるかどうかわかないのにね。見せないわよって思っちゃったけど男がボクシングに魅せられるのはわからないでもないわね。最近は女性ボクシングも盛んになっちゃっているようだし…本人が音楽やスポーツに関心もつのはいいことだから積極的に協力するのはやぶかさせないけど、そのためにはやはり歴史を勉強することも大切じゃないかっておもちゃうのはあたしも子どものとき貧乏でアクタースクール通うのにバス代節約するために歩いて通った苦労あるから、マニー・パッキャオの貧乏はそれこそ大迫選手じゃないけど「半端ない!」のは確かだよね。


CrzseZbUIAADxaz.jpg
そのマニーが家族のために小さいときからいろんなもの売ったり漁の手伝いしたりで幼いときにボクシングとであったんでしょう。しかも、生計に役立つってことで、あのフィリピンでは小さな子どものボクシングも闘鶏のように賭けの対象にされるっていうじゃない。実際の闘鶏は文字通り死を闘うので刃物足につけらてっちゃうじゃない。怖いわね。ドッグレースなどは競馬と一緒の射幸心で済むかもしんないけどさ、これは半端ない殺し合いでしょう。沖縄ではショーとしてのハブとマングースの対決とかするけど実際にはマングースが強すぎてハブは威嚇もできないで負けちゃうじゃない。でもハブ酒とかお土産になるからそれはそれでいいけどさ、闘鶏はキツイショーだよね。それを幼いパニー・パッキャオは叔父さんとかに叩き込まれて、裸一貫でマニラに出てプロボクサーの才能を開花させたっていうじゃない。エライとかいうもんじゃないわね。しかも、母国フィリピンの貧困問題の解決のために昨年の5月のティモシー・ブラッドリーとの3度目の対戦に勝ち一度は引退を決意して下院議員からその後上院議員になって多忙な日々を過ごしながらも自分はフィリピン国民のためにも病院建設や貧困対策の政治的解決のために稼いだお金をつぎ込んでいるので、さらにお金も必要もあり、つい最近には復帰してなんとウエルター級のチャンピオンに返り咲いたというじゃないの。ちょっと凄すぎちゃうわね。あたしもホール公演88本というハードなスケジュールでがんばっちゃている最中だけどさ、その練習の様子ちらっと聞いたらさ、山中慎介さんでも、衆議院議員やって現役の世界チャンピオンやるなど考えられないっておっしゃったというじゃないの。なんか話それちゃってるけどさ、あたしはあたしで本来100本やりたかったのよ。でも88本しか組めなかったの。残念だけど長丁場だから健康管理、体調管理も常に万全にしないとだめだからさある意味大きな挑戦でもあるのよね。動員だけが目標ならアリーナが良いわね。でもそれじゃ行けないところが多いでしょう。しかしホールなら北は北海道から南はあたしのふるさとの沖縄コンベンションホールまで行けちゃうじゃない。しかも来年の9月にはデビュー25周年が来ちゃうのよ。感無量じゃない。そういうときに世の中喧騒があまりにも多いのはやっぱり嫌じゃない。しかも、アメリカ大統領にマスコミの予想覆してトランプさんがなったんでしょう。
温人が留学とかしてさ、KKKっていうの白い頭巾の目指しで白人至上主義掲げて黒人やヒスパニック殺してきたんでしょう。巻き込まれた心配じゃない。アメリカじゃなくイギリスの方がいかなって思っちゃうけど…温人がどう考えるかだよね。親は助言できるけど自立させることも大切ですから…あたしは15歳で自立せざるを得ない環境に放り出されていまがあるから、息子にはもう少し学生経験とか勉強はして欲しいとは思っちゃうのは当然よね。どこまで行ってもあたしの息子安邑はついてまわっちゃうんだからさ、重荷にならないようにっていう心配はあるじゃない。安邑奈美恵は舞台化粧の準備の時間のいつもの癖で鏡に向かってこころの様を誰にいうともなくつぶやきながら「ニー!」と得意の笑顔を作って見せた。


      一



奴≠フ温人NOTEの準備はヘルマン・ケステン≠フ『ゲルニカの子どもたち』を話の枕に理不尽な戦争に巻き込まれカルロス少年≠フ視点を温人くんに届けながらフランコの横暴に加えてそれを支えるナチスの恐怖におののくゲルニカの子どもたち≠一緒に学びました。それをいきなり第二次世界大戦や沖縄の地上戦の日米決戦の話などにあえてしなかったのは奴≠フ配慮ともいえる。奴≠ヘ説教くさいこともいうけど、自分にも問うというか、学びながら温人がもし興味持てば、その話を広げるということをやろうとしているのかも知れないわね。
だから多分「一緒にゲルニカの子どもたちを学びました」とか書いちゃっていることは予想できちゃうわね。

その日の夕がた、パブロおじさんと父がはじめて言いあらそいをしました。そのまえの週に、サン・セバスチアーン が無血で、反乱軍の指導者べオルレギの手に落ちていました。三千人の人たちが、モール人を怖がって逃げ出しました。どんな軍隊が来てもこの長い鼻で突き落としてやる。とでもいうみたいに。そうしてこの人は父が口にする名まえの一つ一つに、低い声で渾名(あだな)をつけていました。父がモール人と言うと、この父の友だちは血にうえた犬め、言いました。カルロス党 は坊主やろう。兄弟党は、ファシストのげすやろう。義勇団は人殺し小僧などといったぐあいで、こんなふうにしてこのリストを、ならず者、教会ではどろぼう、嘘とずっと続けました。

(ヘルマン・ケステン 鈴木武樹訳74〜75頁)


奴≠ヘ実は『マルカムX』自伝(浜本武生訳)河出書房)をつけつけてきちゃったのね。

黒人社会のどん底で、ハスラー、ポン引き、強盗、麻薬常習者とアメリカの悪を一身に背負ったマルカムXが刑務所で自己の価値に目ざめ、ついに(ブラック・パワー)の思想を説きつつ、1965年2月21日に黒人ゲットーの壇上で銃殺までの稀有の自伝!

CrFs4OOUIAA_qvt.jpg
posted by torayosa at 11:53| 兵庫 ☀| 自伝的実録風小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月04日

続々熊紋美子モデル大好きの景色(その1)

主催:ストップ!TPP緊急行動・関西連絡先最近、築地市場豊洲移転問題がエライことになってまんな。関西人にはわかりにいくいことですが、とにもかくにも建屋の下に食の安全のために盛土する話がいつも間にか、空間になっていてしかも、地下水が出ている。その地下水から水銀が出たとかで話題になったかと思うと、今度はその地下水がポンプが稼働してもなくならない。

玉砕 -
玉砕 -
こんなはずではないとというところに加えて、環状8号線の工事が地下トンネルでストップしている。暫定的には迂回道路が旧築地市場の建物を縫って仮設道路が造られているが、この道路を先汐橋につなぐと、渋滞がさらに起るという話になり、その仮設道路は一車線しかないこともあり、オリンピックまでに築地市場豊洲移転問題を解決しないと。糞詰まりになるというのだ。

Cttm_Z_UsAA-lfS.jpgCttm-xDUMAAaMgD.jpg thumb.jpg

「よっちゃん、東京っていうところは金持ちでっから派手に予算使いまくりまんな。オリンピックのメイン会場の国立競技場をぶっ壊したときから、とんでもな話満載でんな」

「ところで、最近YouTubeで米朝師匠や枝雀師匠の落語改めてバックミュージックのように聴いて粗大ゴミ出すために本棚一部ネジ外して本もついでにたくさんゴミにだしてまんねんけども、本んって重たいだけで漬けもん石にもならないもんようけおまんな。大夫放ったけどまだまだでんねん。そやのに宮沢賢治の文庫本8冊組がなぜか2冊ありまへんへんねん。おかしな話ですわ。新刊本の最近買った本もどこいったか不明なやつあるし、めんどうくさいことですわ。本って重たいから大淀町は出しにくいんやね。相模原なんか燃えるゴミで市販のゴミ袋で簡単に出せたのにね。再生紙にもならんしね。週刊ジャンプならなるやろうけどね」

「そうでっか。いつちゃん。断捨離したらよろしおすやろ。なんでも捨てまんねん。捨てるのにゴミ袋たくさにるけど税金やとおもたらよろし。それでまた必要な新刊本買ったらよろしいでっしゃろ」「

「でも、銀河鉄道の鉛筆はいりまっせ!」CtWCybPUEAAoyjL.jpg

「おおきに。そんなんいうてもらったらうれしおまっけど、うちはもう鉛筆ちびっておまへんで!」

「そんなてんごいわんといてくんなまし。それでのうても夏の躁状態から鬱期にはいろうとしてまんのに…新しい束見本でてきたから今度こそ、この本に新小説を清書しようと思ってまんねんけど、まだ片付け終わってまへんねん」


「それはごくろうさんなことでっけど、うちもすずらん本屋堂のときほど忙しいことはおまへんけどなんやかや必要とされまっからな。クイズ女王、知の女王としては看板女優でっしゃろ。ありがたく出させていただいてまっから、結構イソガシおまっせ」

「よっちゃんが知の女王やいうのは誰も比定しまへんやろ。AKB48が束になってかかってもそんなもんあきまへんわな。若い子だけ頼りと、歪きまっからな。突然はなし変わりまっけど鶴瓶師匠の凄いところはそういう連中とも積極的に絡むところでんな。あれは鶴瓶師匠の得意芸でっしゃろ。あれは凄いと思うは」

「そうでっしゃろな。六代目松鶴の弟子でっからね。はみ出てもちゃんと収めるとこ収めてまっさかいな。落語は江戸だけやない。しかしあえて、東京に出てタモさんの提供した資料勉強して吉原題材の「山名屋浦里」はなんと歌舞伎にまでなった。故勘三郎さんも喜んでまっしゃろ!」

「勘九郎さんがもうしでまっしゃんやろ。喜んでまっしゃろな。その独演会の日程に弟子とのふたり会までやってまんねんで。行きたい落語会いっぱいありまっけど引っ越しとかで金欠もありいまは我慢ですわ。セレッソ大阪は相変わらず本拠で勝てないし、死に水取る覚悟で清水戦観戦しているから当分は行きまへん」

「いっちゃんは我慢強いからそおうしはったらよろし。うちはなんもいいまへん。うちはうちのペースでやりまっから…」

「よっちゃんのマイペースはわかってまっさかい、そこはなんもいうてまへんがな。そこでごちゃごちゃ言われたらいやなんはお互いさまでっから、それは銀河鉄道の鉛筆チビリ過ぎてたとえなくなったとしても、崇徳院の旦那ちゃいまんねんからしょんぼりするけども、そんなもんは年末にクラブ・ワールドカップ決勝でイスコやクリスチアーノ・ロナウドのGOALシーン見たら吹っ飛びますわ」

「いっちゃんはリーガ・エスパニョーラ好きなのは知ってまっけどうちはそこまで無理に付き合いまへんで」

「わかってる。そんなもんまで付き合ってくれたらVEGAさんに出会えまへんがな?」

「いっちゃん、どさくさにまぎれていま、何言うたん。そこがあむろっちならま、しゃないか、筆記ちゃんならま、ファンやからいいかってなりまっけどね。そこにVEGAさん出て来るのはうちもちょっと気になりまっからアキマヘン!」

「すびまぜんね! たよ! なんちゃんって」


いや、与太話でも書いていないと中断している小説が書けまへんねん。桂文鹿さんの独演会や高田の片塩寄席も気になるし明日のデモも11月5日の大淀のあらかしホール「吉野宮」の講演会も気になる。キトラの壁画は申し込み遅れて来年になりそうやし、次の日はマニー・パッキャオのボクシング生中継もあるから、思案六歩やけど、地元の教育委員会の方もパネルディスカッションに出られるというので興味ある。歩いて行けるのがいいです。その一方で、TPPの強行採決がされそうだというし高江のヘリパッドの強行工事はやんばるの森の破壊だけではなく、北部の東村をはじめとした集落を標的とした米軍訓練地として恒常化されるのは普天間基地辺野古移転とおんなじことですわな。困ったもんですわ。

あの講和条約以来、日米安保がそんなに大切なら本土基地で厚木の米陸軍と自衛隊の一体化を沖縄で完成させるということになりますわな。やがて日本国中にオスプレイが飛ぶ姿は低空飛行できるから悲惨ことにななりまっせ。相模原のアパートから逃げ出したのは突然政府代理人という元東電の社長がわけのわからん書類に判子押さされそうになったからでっせ。あそこでもジェット機やヘリコプターの騒音で話できまへんねんで。それが沖縄普天間や高江では日常ですわな。しかも、危険が伴う。

厚木のことは民進党の後藤祐一議員も神奈川16区地元やからよく知っているはずなのに、大丈夫でっかな。民進党の野田首相が安倍の挑発に乗って解散総選挙で議席減らし続けてさらに連合の貴族と組んで補選でも2敗の幹事長になり、転けまくる獅子身中の虫状態ですからな。どもしょうおまへん。

それで自衛隊が国連PKOスーダン派遣まで来てまっしゃろ。しかし、稲田などは自分の身内は行かせないってことでっしゃろ。もう、むちゃっくちゃな論理ですわな。

「いっちゃん。なにぶつぶつ独り言いってんのん」

「あ、そうやったな。実は粗大ゴミ処理やって断捨離ほとんど進んで、昨年の大切にしていた新聞のスクラップ探してまってんけど、なんと捨てたと思うていたのに、くしゃくしゃになって残ってきたんや!」

「そうでっか。それはよろしおました。しかし、その記事のスクラップって何が大切なんやのん?」

「これやねん。2007年7月14日と15日の小田実さんの遺言のようなインタビュー記事ですわ」

「なにかいてまんねん。殺される側≠ノ立って見る。やて。なんかあんたがようよう読んでいた本多勝一の本におましたな、『殺される側の論理』でしたかな」

CwX5sT7VEAEUbH0a.jpg

「それやがな。末期癌で大変時期やのにね、こんなこと言ってまんねんで」


*デモや集会には行けないから、今できることは、作家としてできるだけたくさん書くこと。三か月生きられたらいい。六か月生きたれたらもっといい。70年代に出した「世直しの倫理と論理」を、もういっぺん新しく書きたい。」トラブゾンの猫」という、面白いおとぎ話みたいな小説を書きたい。九か月生きたらバンザイ。一年生きたらもっとバンザイ。何を書くかは、またそのときを考える。


CwX5paLUsAAp4J0a.jpg

「こんな風にいってましたんや!」


(この項続く)
posted by torayosa at 12:25| 兵庫 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月04日

熊紋美子大好きの景色パートU(その9)

Cttm_Z_UsAA-lfS.jpg

「いっちゃん最近うちが西門静同窓会でてたん知ってまんのんか?」
CttgEPLVYAAdEme.jpg
「しってるで。そやけど、静が出る場面には興味あるけど、杏にも東出にも別になんの興味もおまへんねん。あるのは静命、ただただ近藤広臣がうらやましいだけやんか。そうでっしゃろ。静といえば、枝雀師匠もでてくるわての一世一代のよっちゃんへの秘密の愛の告白大作戦でっしゃろ。そこへごちゃごちゃごちそうさん≠ニか料理並べられてもわてがそんなもん食べたいとおもいまっかよっちゃん」
CttdPaZVIAAzCV4.jpg
「いっちゃんがそうおもうならそれもしゃないけど、うちが出ているところはちゃんと見てくれなはれや。だんさん? いややわ、ついお座敷のこと思い出してしもうたわ」
CtwsqZtVMAA30gY.jpg thumb.jpgCtxDJobUIAAWFay.jpg thumb.jpg

「よっちゃん、うれしいこといっておくれやすやな。近藤広臣と思って、今度は生のわてが前にいて、いってくんなまし?…」
「なにそれ、まだ『さくらん』にはまってぬけられしまへんのんか」
「そうだす。マブに騙さられた日暮太夫、吉原炎上の悲劇、大奥で女を落とす歌舞伎役者演じる西島俊之『とと姉ちゃん』の手練手管で大奥の絵島を落とす、三枚起請を書き男を手玉に取る女、男と女の罪と業は尽ききまへんな」


Cttl_0rUAAE3B31.jpg
「よっちゃん。そこだんがな。そこんとこのテーマで天満天神寄席が天満天神繁昌亭であったんだす。その前日に森ノ宮ピロティで鶴瓶師匠の落語会で人情創作落語の『山名屋浦里』聞いて涙でた。涙溢れてきた。落語聞いて泣いたんや。浦里のわちきの話聞いてくんなまし≠フところは人情噺の真骨頂だっさかい、どれだけ観客にも感情移入させるかというところでっから、涙でてくるんや。一年前はそこまで涙出なかった」

「ところがでんな、あちきもこの一年でたくさんの落語会や寄席行ったこともあり落語の深間を叩き込まれた。あちきのきっかけは存在自体が笑わせる緊張の緩和@攪_の枝雀師匠、若い頃の小米さんだった。ただただ笑っていた。ラジオ番組の掛け合いのおもしろさ。映像が浮かぶんやね。

大げさな表情仕草、そのすべてがおもしろいんや。それはテレビ見ることも後に枝雀寄席というテレビ番組で見ることになりまんねんけど…あの、間、あの仕草あの独特の高い声や声色の極端さ、あんなんありかと思ったもんだす」

「そうでっか。それで枝雀師匠は米朝一門の隆盛に貢献しやはったんやな。」
「そうだす。上方落語協会が分裂しかけたことおましたんやけどね。そのときにざこば師匠や弟子の南光師匠がでんな、枝雀兄ちゃんやうちの師匠もわるくいうなら脱退したる≠「うてね、だけど米朝師匠健在でしたから、なんとか仲直りしていまは、上方落語協会は一枚岩となり、6代目文枝師匠が三代目の春團治師匠がなくなり、自分たちが上方落語引っ張らなアカンというときに、足引っ張りはったんが、歌手の愛人でおます」

CttdQAjUkAQIjfK.jpgCttdQpaVYAAb7X7.jpg

「男の女の罪と業は深い話でおます、という鼎談の主題はそこに帰ってきまんねんな」
CtUM8NUUIAAZY6c.jpg
「よっちゃん、ようわかってまんがな。そうやねん。文枝師匠のひとり会の落語会行ったら自ら二役の趣向で座を温めはって自虐の歌ならぬ、今期を振り返って≠ニ自分でふって振り返りたくない≠ニ、応えて千利休もさっぱりわやになった、というわけでおます」

「だけど噂では弟子もたくさんおられて文枝一門さんは大繁盛やおまへんか」

「そうでんねん。ナインティナインの岡村さんと親しい桂三度さんなんか、放送作家が本職なのに三度の飯より落語好き=@になりはって、落語会にしょつちゅうでてまんねんで。山崎方正なんか、月亭八方師匠の弟子になり、阿弥陀池何のネタやっているのテレビで見たことおますけど、裾野の広がりは立川流に勝るとも劣らない勢いだっせ!」

「うちの静の相棒の近藤正臣さんは米朝師匠と親しかったんだすな。米朝師匠のお別れ会のときに弔事言いはったんですやろ」


「そうやねん。あちきは、もう末席で米朝師匠の映像がスライドで映されるだけで泣いてしもうた。枝雀師匠のときは泣く余裕もなく呆然としていたし、自分も50歳前後で死ぬ恐怖あったから、それどころちゃうかったんやけど、思い出したら泣けてもうて…横のおばさんに話しかけて勝手に涙してたんや」

「そうだっか。いっちゃんで案外涙脆いんやね。そうやねん。ざこば師匠があいさつで、涙だしはったんや。あちきはあのお別れ会で焼香すましてざこば師匠の顔みたら思わず抱きついてしもうたんや。枝雀一門会や米朝一門会にはたまに行ってましたさかい、いろんなことを思い出したんや」

「そう、いっちゃん失礼なことしやはってんな」
「いっちゃん最近うちが西門静同窓会でてたん知ってまんのんか?」
「しってるで。そやけど、静が出る場面には興味あるけど、杏にも東出にも別になんの興味もおまへんねん。あるのは静命、ただただ近藤広臣がうらやましいだけやんか。そうでっしゃろ。静といえば、枝雀師匠もでてくるわての一世一代のよっちゃんへの秘密の愛の告白大作戦でっしゃろ。そこへごちゃごちゃごちそうさん≠ニか料理並べられてもわてがそんなもん食べたいとおもいまっかよっちゃん」

「いっちゃんがそうおもうならそれもしゃないけど、うちが出ているところはちゃんと見てくれなはれや。だんさん? いややわ、ついお座敷のこと思い出してしもうたわ」
CxhtZ8WW8AAOFdx.jpg thumb.jpg
「よっちゃん、うれしいこといっておくれやすやな。近藤広臣と思って、今度は生のわてが前にいて、いってくんなまし?…」
「なにそれ、まだ『さくらん』にはまってぬけられしまへんのんか」
「そうだす。マブに騙さられた日暮太夫、吉原炎上の悲劇、大奥で女を落とす歌舞伎役者演じる西島俊之『とと姉ちゃん』の手練手管で大奥の絵島を落とす、三枚起請を書き男を手玉に取る女、男と女の罪と業は尽ききまへんな」

「よっちゃん。そこだんがな。そこんとこのテーマで天満天神寄席が天満天神繁昌亭であったんだす。その前日に森ノ宮ピロティで鶴瓶師匠の落語会で人情創作落語の『山名屋浦里』聞いて涙でた。涙溢れてきた。落語聞いて泣いたんや。浦里のわちきの話聞いてくうなまし≠フところは人情噺の真骨頂だっさかい、どれだけ観客にも感情移入させるかというところでっから、涙でてくるんや。一年前はそこまで涙出なかった」

「ところがでんな、あちきもこの一年でたくさんの落語会や寄席行ったこともあり落語の深間を叩き込まれた。あちきのきっかけは存在自体が笑わせる緊張の緩和@攪_の枝雀師匠、若い頃の小米さんだった。ただただ笑っていた。ラジオ番組の掛け合いのおもしろさ。映像が浮かぶんやね。
大げさな表情仕草、そのすべてがおもしろいんや。それはテレビ見ることも後に枝雀寄席というテレビ番組で見ることになりまんねんけど…あの、間、あの仕草あの独特の高い声や声色の極端さ、あんなんありかと思ったもんだす」

「そうでっか。それで枝雀師匠は米朝一門の隆盛に貢献しやはったんやな。そうだす。上方落語協会が分裂しかけたことおましたんやけどね。そのときにざこば師匠や弟子の南光師匠がでんな、枝雀兄ちゃんやうちの師匠もわるくいうなら脱退したる≠「うてね、だけど米朝師匠健在でしたから、なんとか仲直りしていまは、上方落語協会は一枚岩となり、6代目文枝師匠が三代目の春團治師匠がなくなり、自分たちが上方落語引っ張らなアカンというときに、足引っ張りはったんが、歌手の愛人でおます」

「男の女の罪と業は深い話でおます、という鼎談の主題はそこに帰ってきまんねんな」

「よっちゃん、ようわかってまんがな。そうやねん。文枝師匠のひとり会の落語会行ったら自ら二役の趣向で座を温めはって自虐の歌ならぬ、今期を振り返って≠ニ自分でふって振り返りたくない≠ニ、応えて千利休もさっぱりわやになった、というわけでおます」

「だけど噂では弟子もたくさんおられて文枝一門さんは大繁盛やおまへんか」

「そうでんねん。ナインティナインの岡村さんと親しい桂三度さんなんか、放送作家が本職なのに三度の飯より落語好き=@になりはって、落語会にしょつちゅうでてまんねんで。山崎方正なんか、月亭八方の弟子になり、阿弥陀池何かのネタやっているのテレビで見たことおますけど、裾野の広がりは立川流に勝るとも劣らない勢いだっせ!」

「うちの静の相棒の近藤正臣さんは米朝師匠と親しかったんだすな。米朝師匠のお別れ会のときに弔事言いはったんですやろ」

http://torayosa03.seesaa.net/article/416289880.html(これやがな)

http://torayosa03.seesaa.net/article/416355520.html(これでっせ! ロンドンから筆記ちゃん大阪入りしているなんて知りませんがな)



「そうやねん。あちきは、もう末席で米朝師匠の映像がスライドで映されるだけで泣いてしもうた。枝雀師匠のときは泣く余裕もなく呆然としていたし、自分も50歳前後で死ぬ恐怖あったから、それどころちゃうかったんやけど、思い出したら泣けてもうて…横のおばさんに話しかけて勝手に涙してたんや」

「そうだっか。いっちゃんで案外涙脆いんやね。そうやねん。ざこば師匠があいさつで、涙だしはったんや。あちきはあのお別れ会で焼香すましてざこば師匠の顔みたら思わず抱きついてしもうたんや。枝雀一門会や米朝一門会にはたまに行ってましたさかい、いろんなことを思い出したんや」

「そう、いっちゃん失礼なことしやはってんな」

「そうやねん。あのときはブログにも書いてまっけど、天気が目まぐるしく変わりましてな。突然突風吹いて春一番どころか嵐のように一転にわかにかき曇りと黒い雲が降りてきて突風で出棺見守る参列者はふっ飛ばされそうになり千里会館の周辺は大騒ぎ、しかも例によってあちきの周辺にもなんか、変な風が吹いて、寒いの寒ないの? 厚手の防寒上着ていても、あの寒さは異常やった」

「ところが出棺のときには晴れましたんやろ」

「よっちゃんなんで知ってまんのん。また、またごちそうさんの同窓会で近藤正臣さんから情報しいれましたんか」

「妬けるな!勝ち目ないのは自覚してまっせ。でも悔しいやおまへんか」



「そうやねん。あのときはブログにも書いてまっけど、天気が目まぐるしく変わりましてな。突然突風吹いて春一番どころか嵐のように一転にわかにかき曇りと黒い雲が降りてきて突風で出棺見守る参列者はふっ飛ばされそうになり千里会館の周辺は大騒ぎ、しかも例によってあちきの周辺にもなんか、変な風が吹いて、寒いの寒ないの? 厚手の防寒上着ていても、あの寒さは異常やった」

「ところが出棺のときには晴れましたんやろ」

「よっちゃんなんで知ってまんのん。また、またごちそうさんの同窓会で近藤正臣さんから情報しいれましたんか」

「妬けるな!勝ち目ないのは自覚してまっせ。でも悔しいやおまへんか」


この項の佳境はこれからだ。セレッソ大阪杉本健勇ゴールへもっと貪欲に。CLを見ろ! りーがエスパニョーラのあのシュートタッチを盗め!! ガンバ大阪チャンスは消えたけど…浦和レッズをこのままのさばらせていいのか? なにわ大阪沈没やで?
posted by torayosa at 09:20| 神奈川 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月21日

熊紋美子大好きの景色パートU(その8)

Cr-9gsNVYAAvCN8.jpg
彦八まつりは上方落語協会が今年でなんと26回目で、今回の実行委員長が笑福亭三喬師匠、もとよりこの彦八まつりは6代目笑福亭松鶴が亡くなった祥月命日の9月5日にちなんで行われたもんやろ。


CremLdrUIAAYErs.jpg
お前らこの近くの松鶴師匠お墓やご先祖のお参りしとんのんか? おれは奈良での独演会に映画の挨拶やその他の仕事があり、やっといま、ここに飛び入りでこれたんやけど、文枝会長が朝から大変そうで控室でダウンしそうやないか? おまえらちゃんとやっとんのか?
映画の封切り上映挨拶や。ということをしゃべると、突然上手から、

「通天閣や!」

「いやスカイツリーや!」の掛け声が…
横の笑福亭三喬実行委員長にはなんのことかわからずにシモテでただ釣瓶師匠の兄弟弟子のしゃべりで盛り上がる舞台をほっとするのみ。

「いま、ごっつ人気の映画の『後妻業の女』が話題なってのんお前知らんのか?」

「へえ!」

「おれが元さんまの妻の大竹しのぶの後妻業の女とベッドシーンするんや! そこで大竹しのぶが、おれのなにを見てやな…」

「通天閣や! いやスカイツリーや!≠チていうシーンがあるんや。ごっつ評判なんや」

すると上手の前の方の中年夫婦の妻が

「そんなに大っきいのんか。見せてや!」

「おい、大阪やな。人妻がおれのんでっかいのんかとかいわんと、いきなり大きいのんか、やで。」

しかし大阪のストレート野次や鋭いというか鶴瓶師匠の受け答えがまた絶妙でおます。

「よっしゃ! こんど見したる!」

「三喬はなし変わるけどそろそろ誰か松鶴襲名したらどや! お前はこんど松喬襲名するんやろ。めでたい話や」

「ええ、来年でっけど…」

7代目笑福亭松鶴は実は笑福亭若葉が襲名予定だったがその日を待たずに亡くなっているので、この話は笑福亭一門のタブーの感じだったんですな。後に追贈されたそうだっけど、筆頭弟子の仁鶴師匠はこの襲名騒動のときにやんわり仁鶴で行くと言われたいきさつがおます。よしもとと松竹芸能の所属問題もあったようでっけど、門外漢の落語ファンはやきもきいたもんだすわな。

そもそも6代目は息子の枝鶴を襲名させる遺言だったそうですが、肝心の枝鶴は大切な日に雲隠れ。で、廃業しておりまっからながらくその話題は出ておりまへんでした。


ところで落語にはへんてこな登場人物やアホらしい話おますがこれは事実のような嘘の話嘘のような本当のはなしってことでおます。

「いっちゃん! なに喜んでますのん。うちをさしおいてまた、浮気しているんちゃうのん? 」

「よっちゃんなにいうてんねん。あてがよっちゃん差し置いて浮気なんかするわけおまへんがな。ヘイ!」

「へい! へい! へい駕籠! とか住吉駕籠くってたらたら承知しまへんで。また松鶴師匠のマネだっか。そうだっか。しかしいっちゃんがそういう顔するときは、なにかありまっせ! 女の勘でおますわまな!」

ラ・マンチャの男 ドン・キホーテ自称の男は物ぶつぶつわけのわからんことをつぶやいております。

Cr-9gsNVYAAvCN8.jpg

あちきはあむろっちの姿の後ろにいつも息子の温人くんも見ている。これは事実です。


後妻業の女が出てくるたびに結果として腹の立つことが起こったりした。あのとき熊紋美子モデルの小説コピー控え取っていたとき、とあるショップにて不自然なコピートラブル続いたときはいっちゃんマジ切れした。
「これどうなってまんねん」
「突然止まったり、おんなじところ複数でてきたり…」
「お客さんがどっかさわりはったんちゃいます?」

「どこもさわってへん。機械が新しくなっていたので最初に使い方確認しましたよ! でこの調子でっしゃろ。それでのうても、途中で一枚撮らしてください≠ニか来られるのでいつも頁が抜け雀になりどこかの頁がとんでゆきまんねんで…こちらも知恵ついてまっからまた、來たってもんで余裕あるときは、先にやってもらってますよ。しかし、この機械は変わってますわな?」

「そんで、こんな状態になったから往生してまんねんで…」

「わたしはどこもさわってまへん?」

「わたしもしりまへんわ!」



「後妻業の女はマジで怒り出しあちきもマジ切れでコピー中断して別のコンビニで撮り直した次第、しかし頁の帳合がぐちゃぐちゃになり、クロネコヤマトの下市営業所に持ち込んだ時は、原稿揃えるのにてんやわんや、なぜかそこの担当者が編集者のように巧みに仕分けしてくれたので、時間がかかったが贈ることができたというのがことの顛末だっただっせ。よっちゃん!」

右も真ん中も左も誤解しているけど、あちきとあむろっちの関係はリアルです。宇多田ヒカルさんともリアルだった。VEGAさんには真っ先にプロポーズした。その中味をあれやこれや勝手に味付けされても困る。落語ファンや。ネタの創作とリアルは区別してまっせ!!


CrkPAEHUEAAbd5Y.jpg

この項続く
posted by torayosa at 10:09| 神奈川 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

熊紋美子大好きの景色パートU(その7)

死期を感じるとさらに自分のよって立つところに興味が出てくる。

CrK4tAxUsAAZmvl.jpg
の夏母の30回忌で長男として何もできないので次男に墓の永代供養管理を願っていたとはいえ、奈良高市郡高取で河内家菊水丸の盆踊りがあるというので、この機会に供養のために河内音頭を踊ってみようと決心した。

思えば、20代半ばわらび座の民俗舞踊の舞台の踊りに魅せられて「郡上おどり」のツアーなどにも参加し「かわさき」や「春駒」などを朝まで踊ったこともあった。わらび座で習ったソーラン節などの芸は余興で役立ち、スポンサーを喜ばせたりもしたことがあった。

また見合いの相手を当時豊中にあったわらび座の大阪豊中会館であった踊りの教室にデートを選んで不評だったこともあった。当時は確かに秋田音頭なども覚えたはずだった。しかしその後の数十年で踊る機会もなく、わらび座再訪を2012年に果たしたころには、まったく忘れてしまっていた。

鬼剣舞(おにけんばい)や鹿踊りのポスターに舞台の懐かしさを覚えても自分の身体には何も身についていなかったことを実感した。

そんなとき、町内会の盆踊りでやる踊りの講習会があるというので公民館に一回参加した。江州音頭と河内音頭の男踊りを習ったが、うる覚えだ。しかし演る以上は衣装もいるとハルカスの和装売り場で浴衣美人の販売員さんに薦められるまま、浴衣と帯と下駄を買った。

結局今月の10日の高取市尾にある小学校跡(平成記念病院の老人ホーム)から始まり、そのときの帰り市尾の駅で河内家菊水丸の追っかけしているという50代の竹内街道ゆかりの方の話で四天王寺でも2日連続であるというので連日行くことになった。四天王寺の境内での盆踊りは流石に華やかで舞台も立派で桟敷のような御堂特等席で陣取る観客もあり、踊ることの楽しさを満喫した。河内音頭には正調の手踊りはじめいろいろな踊り方があるので一日目はYouTubeで見て練習したのに「まめ勝ち」踊りは全然ついていけなかった。悔しいので休憩時間におばさんに声かけて足の動かし方を教わったのだが、YouTubeの先生は11節だというのに12節だという。そこでまた躓いた。

帰りの電車は終電一本前の橿原行準急だ。明日こそもう少し踊れるようにと、YouTubeでお稽古して臨んだのでなんとか少しはリズムはつかめたが、実は鼻緒ずれで指の付け根が両足ベロンと皮が向けており痛いので、その対策にハルカス和装に足袋を買いに行ったら、足袋カバーの方が伸縮性がありいいのではないかと勧められそれを履いた。お陰で少しは踊りのときに痛みは忘れたとはいえ、傷口が塞がるのに一週間かかった。

そんなこんなでかなりしょぼい町内会の盆踊りを楽しみ母親の30回忌に追善供養の締めに、17日には息子と一緒に知恩院参詣(浄土宗総本山)と清水寺参詣などした。大文字の送り火で個人的な母親30回忌追善儀式を終わる予定だったのだが、大文字の送り火が始まる時刻は雨が振り三条大橋の一等地は人の波で埋まり、平安神宮・知恩院・八坂さん通って三年坂など経て清水と歩いてすでに2万5千歩だったので、断念して帰った。
CrEWJihUAAAK1P6.jpg
そのとき思ったのは京都はアジア系だけではなく白人系も浴衣着て観光を楽しんでいる光景だった。昨年は祇園祭の宵山にも行ったが京都の観光力は交通網も整備されており、本当に凄いと実感した。


奈良も春日大社や奈良の大仏辺りなら負けていない感じだが、飛鳥になるとぐっと減る。地上にある寺は古すぎるし、「地方創生プロジェクト」でASUKA DESIGN WEEKなどの催しもあったのだが、どの程度の発展だったのだろう。

7月17日には「飛鳥音話会」があり、西野亮廣やラッパーのGAKU MCやSalyuが来るというので、飛鳥駅から歩いて行ったが、Salyuは自分の感覚的音楽にこもり、GAKU−MCのワークショップはしょぼくて、ならムージックフェストの沖縄出身のバンドの方が迫力満点、観客を巻き込んでいた。2時間もいたら日焼けで熱中症になり体調良くなかったので早々と息子と退散したが翌日の夏川りみを楽しみにしていたのだが、セレッソ大阪対徳島ヴォルティス観戦だったので見れなかった。しかし、その後最近の知恩院行きのときにクリーニング屋さんで浴衣だしたときや、京都線に乗ったときにまさかと思うが夏川りみ一家が前に乗っておられた気がする。小さな息子さんがゴジラのぬいぐるみのバッグ持っていたのが印象的で覚えているのだが、まさか…だったのかな? いいですよ。夏川りみさんの「ああ青春は君に輝く」も良かったし「涙そうそう」は妻夫木聡泣かすしね。


ところで中断したのはその経過をTwitterでmemoしていたからでもあるが、阪神が甲子園球場の本拠地に戻りどういう戦いうするのか興味あったたからだが、あちきが落語会に集中している間に事態は深刻な状態になってしまった。



特に昨夜WOWOWの映画「人生劇場 青春・愛欲・残侠伝」を見ていて後、経過を見たら悲惨なことになっていた。東京ヤクルト・スワローズに3連敗して、ドラゴンズ戦では先発の若手のホープの藤浪晋太郎が2回7失点でKOされ10敗(6勝)が濃厚だというではないか?


流石にこれはやばい。藤浪晋太郎にはあちきの真意が何も届いていないのではないか、と正直ショックだった。

そこで。この日記は藤浪晋太郎応援歌として、2012年の夏高校野球準決勝の外野席の異常について、事実らしいと感じたことを書き藤浪晋太郎の成長を桑田、清原や立浪、野村、橋下、片岡や大阪桐蔭大先輩の今中やの誠より、中村より、またハンカチ・田中将大や前田より二神より高い関心を持ったかつて、その運営には批判的でも高校野球を愛する団塊世代として、キミの知らない、当時の外野席事情を記して置く。


キミは信じられないかも知れないがフジテレのHRアナがキリンビールの生背負って炎天下で売り子やっていたんだ。おれがキミのチームを応戦するときに発するヤジは、青木さやからしい家族をしてタオルフードで耳を覆うぐらいの大声て叫んでいた。正直入れ歯飛ばす寸前でもあった。飲めない生ビール飲んだよ。なぜか売り子が美人揃いであったけどHRが近づいても買わなかった。あちきはASAHISUPERDRYが好みだったからね。2試合の間に3杯もおかわりしたよ。


キミは多数の地元声援に応えて確か完封した。みごとだった。一年生のとき間寛平さんのチームに打たれた悔しいそうな長身の細身のキミの悔しそうな顔を見たときこの子はやるだろうと確信した。その成果が春夏の連覇の見える所まで来た。


当時、あちきの周りは6月のブログでネタを少しずつばらし、同時に数珠つなぎ自伝的小説の新シリーズを書き出したので、個人的には大変な状況だった。詳細はいくらでも書けるが、8月の秋田わらび座再訪したときは、まともに考えたらパニックになる状態だった。

深夜バスで大曲につき角館に行く電車から異常な雰囲気が漂いだした。乗客の様子がとにかく変なのだ。しかも電車の扉が前しか開かなかったり、後ろだけだったり、久し振りの田沢湖線楽しみながら、角館に着いた。そうしたら、駅にTさんという有名喜劇俳優でありタレントさんが現れて分かりにくい秋田弁で有名な誰々の息子を預かったとかいろいろな話していて、なにか電話かかってきて「鳥海山が爆発だ!!」とか叫んで去って行った。


いやそれからのわらび座での昼飯食うだけでも異様な雰囲気だった。宿泊の受付は3時だったのでわらび座の食堂で軽い蕎麦(熱いもの)頼んだらなんと、あむろっちが客席係りで出てきたんだ。びっくりしのなんのって、当時は数珠つなぎ小説にはあむろっちは埒外だったからね。その前段にも梅ヶ丘駅とか、下北沢駅とかいろいろエピソードはあるけれどもそこははしょる。

で、彼女が喜ぶ蕎麦を頼んだというわけだ。しかし、そのおみやげ売り場まで有名女優さんの宝庫だったのだから、キミだって信じられないでしょう。ORさんなんか名札つけてくれていてあちきは感激してアイスクリームを注文したものだった。


一泊して翌日の角館観光はよしもとのぶさいく売りのおばはんまで繰り出す俳優劇場になっていたなんて、あちきは知るわけないですわな。そのとき、出会ったのがKR人力車婦だった。格好良かった。他の男の俳優も多分○○さんかなとかと気づいた方もいて、その日の朝からHIROの嫁のあちきといささか関わりがあった女優がチラ見させたり、よしもと関連のベテラン俳優がタクシーがどうらたこうたら暗示して来るし、角館着くだけでも大変だった。そのとき唐土(もろこし)売り場が荷物置きしてくれるというので、おみやげに唐土買った。そのお土産をホテルの受付女していた柔道の金メダリストが親切だったので、お土産の差し上げたという経緯がある。


びっくり劇場のいち時間ほどの角館観光が住み大曲に着くと休憩するのはそのBusinessホテルぐらいしかない。大きな風呂があるらしいが宿泊者しかダメということなので、ホテル部屋での休憩を相談してみた。5000円だった。しかしインターネット接続はダメだというので、諦めた。大曲では私のUSBが電波届いていなかったので、あちきは日記を書き、読書して夕方の食事時間を待った。近所には白木屋の居酒屋しかない。しかしそこなら食事もできるので、その営業時間までロビーで待ったということだ。


いや、その間にもわけありな団体やらリーマンの群れがロビーに陣取り暴虐無人に散らかし次々去った。

あちきはそういう連中に関わるのはうんざりなので、よそ見して自分の日記や読書で時間の経つのを待ったものだ。

CrEWE15UkAAfvek.jpg
で、5時半ぐらいに営業のれんが出たので一番客として奥の席についた。そこでも、あむろっちが座席がかりでいたんだよ。そりゃ驚いたよ。安室奈美恵は9月の沖縄宜野湾で20周年Aniversaryがあり多忙なのにこんなとこにいてもいいのかと、一瞬おもった。だけど、沖縄のスタンディングのLIVEは瞬殺完売で貧乏でその頃ようやく年金が少し増え借金も返す目処ついたので、秋田まで来るのはできたけど、沖縄行く金はともかくプレミアついても手に入るかどうかのチケット取れそうになかったので、行き気はまったくなかった。

そんな経過で相模原に帰って松尾貴史さんが出るというので有名俳優がたくさんでる下北沢の落語会行き、自分が興味あった落語を宇多田ヒカルさんのような者紛扮装する席で楽しみ、さらに甲子園観戦の後には、よしもと百年物語のなんばグランド花月公演に行くというスケジュールで生き急いでいたのでありんす。

元に戻す。甲子園に来るまででもいろんな立場の有名人がいましたで。論客の佐高信だったかな? などは変なタイトルの「腐いは旨い」とかだったかなの本見せて向かいにいたり、昔の知人はアタッシュケース持って「尼ケ崎やろ!」とぼやいとるし、大阪桐蔭の応援部員は早くから動員されて、意味ありげに8の字をあちこちに出しとるし、可愛い子がいっぱいいるし、ハニトラに注意! を言い聞かして甲子園球場に着いたら、疲れがどっとでたけど、ASAHI SUPERDRY2杯で酔っ払ったら自分の世界に集中できたというわけだ。

キミの完封勝ちを見届けて2試合前は多分、八戸光星学院が勝つだろうと席をライト側に変えた。

終盤には多分予想通りになるだろうと混雑を避け早めに甲子園駅目指した。歓声を聞いたとき光星学院の本塁打だが出たらしい。予想通りになっていたようで、久し振りに息子の待つ吉野・大淀に戻ったというわけだ。そのときに息子の拒食症の痩せぶりに危機を感じ、翌年の相模原撤退を誰にも内緒で実行したというわけです。


キミが阪神タイガースに指名されたとき、阪神タイガースの環境で育つがどうか実は心配していた。多くのドラ一投手が育っていなかったからね。しかし、キミは「DAISUKEより大好き」の松坂大輔も成し得なかった4年連続二桁勝利を狙える位置で2016シーズンを迎えた。8月の勝投手の権利を得ながらの自らのミスによる敗戦もあり夏に勝てる投手の本領を発揮できずに、昨夜も負けた。

あと何度の登板があるかもしれないが、チーム競技は信頼関係が大切だし、キミはまだ多くの自己主張をできる立場ではないかもしれない。しかし、辛いときや我慢できない不調のときは逃げ道は作って置いていただきたい。

誰が何と言おうとすべて受け入れ聞くべきことと、聞き流すというか自分の状態を客体化して知ることは無駄にはならない。


野球は『新版 野球とその害毒』の本多勝一の著書にある通り、あまりにも投手に負担が多すぎる団体球技だ。それだけに新しい知見が多く出ているいま、キミ自信のメンタルを含めた自己管理をやっているとは思うが、さらに研究したらどうだろう。

さしずめ、サッカー日本代表の長谷部誠の本などは参考にスべき点があるのではないだろうか。

競技間情報は競技そのものの性格は違うがメンタル面での強化には参考にすべきことは多いと感じる。

あちきがそのことを実感したのは、NBAのレブロン・ジェームスが悲願の奇跡的逆転で優勝した精神力と技術力とリーダーシップを見た時だ。


あのレブロン・ジェームスが優勝の瞬間泣いたのだ。一度は故郷を裏切りマイアミ・ヒートに移籍して優勝したレブロンだったが、やはり故郷で悲願の優勝をしたいと戻って戻ってきた男があらゆる困難を乗り越え、ゴールデンステート。ウォリアーズに逆転勝ちしたのだ。あちきは奇跡信じて今年は熱心に中継を見たものだ。あのSUPER STARでも望みを叶えるのは簡単ではなかった。チームの仲間の結束をはかりコーチの起用を信頼する。当たり前のことを信じコーチとのとの信頼関係を築き休むべきときは休み、ここ一番で出ないと勝てない場合はとんでもなディフェンス力でチームを鼓舞する。レブロン・ジェームスのブロックのここ一番での集中力は神がかりだった。
CrK607JVIAElh8p.jpg

ここにその記事貼り付けておきます。
https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/lebron-james?utm_term=.tpxZD3VqZv#.nlkXBVowXb
キミがこの記事読むかどうかは問題ではない。

あちきの「熊紋美子さん大好きの景色パート2」シリーズのひとつとして日記として記したものだ。

流して貰えればそれでいいし、キミがなにかのきっかけを掴んでチームの勝利に貢献できたら、勝ち星が仮に二桁行かなくても怪我なくシーズンを戦いきればそれでいい。

サッカーのリーガ・エスパニョーラが始まり週末の寝不足は体力を消耗するが、たとえば筆記ちゃんの本格仕事復帰のALBUMが9月27日に届くと思えば、そこまで生きようと努力できる。24に鶴瓶師匠の独演会行くチケット手にれていればその日まで大過なく過ごそうと思える。ざこば師匠の独演会はけえへんのかい? と問われたら小遣いのやりくりの段取りできたら行ける。18日や。ボクシングは手にれ損ねてプレミアつきすぎているので生観戦はむづかしい。しかし直前に安くなればヤフオクなどで落として行くかもしれない。その前後に天満天神繁昌亭の10周年や、三代目桂春蝶の生落語ぜひ聞きたい。文枝師匠の口上も聞いてみたい。いや、そう考えたらドリカムやめたら朝から晩まで楽しめるというわけで、ドリカム立ち見で13000円は諦めている。
CrFrJdQVUAEErGh.jpg

あむろっちのホール公演は当分行けそうにない。抽選で2回はずれて、チケット代行とか調べたら3万円前後(座席も決まらないのに今回は無理状態あちきが行かんでもファンはいっぱいやししゃない。

そんなこんなで一日一善の日々。朝からの手順や段取り狂うと老人は身体に悪いので、優先順位を行動の規範に加えるということで、生き延びているというのが実態でありんす。

CrEXNp4VMAADrqP.jpg
CrEWGARUMAARZLK.jpg

キミは松坂大輔を追う逸材だ。もちろん大谷というとんでもな二刀流の逸材のライバルもいる。


レブロン・ジェームスにステフィン・カリーというとんでもなSUPER STARが現れているように、大きな高い山はう動いている。サッカー界のその意味では頂点にある球技だろう。しかし、野球の裾のを広げるなら、メジャーの基準に適合するのが近道であることは前田の活躍が示している。

キミや大谷は当然、メジャーが注目する投手だ。必要なのはサッカー界では当たり前の会話能力の適応だろう。その準備はいまからやるべきだ。

今回怪我で代表から漏れたサイドバックの長友佑都はストイックなほどの自己管理をし、食べ物管理をし、その知識を活かしBusinessを興すという勢いだ。もちろんイタリア語をマスターし取材で日本語を一瞬忘れるというほどだ。サッカー界のLEGENDのキングカズさんはポルトガル語話セリエAにも参戦している。50歳間近の現役でわずかの出場時間でセレッソ大阪を倒したことは記憶に新しい。

本田圭佑は英語はもちろんイタリア語も学んでいるし、長谷部誠はドイツ語をマスターしている。世界の広がりを実感する。

メジャーにはNOMO投手の先人の開拓した道がダルビッシュ有や田中将大や岩隈久志や前田健太、さらにいきなりメジャーに臨んだ田沢純一やベテラン上原浩治がいることにつながっている。

野手ではイチローがひとり前人未到の記録を続けている。

Cq_PhjAW8AQ9SmG.jpg
キミや大谷はNOMO投手が開拓した道を21世紀の遺産として切り開く運命にあるのかもしれないのだ。


キミの活躍を信じている。そしてあちきは松坂世代の雄、松坂大輔の一軍登板を楽しみにしている。
碇をしっかりおろそうで。つぎへの船出のために。

本日は太田体育館で2大世界タイトルマッチがあり、河野さんは打ち合いの末判定負けしたけど、今度やれば勝てる可能性の相手ではあった。また、日本人対決の田口良二対宮崎亮の対戦は田口が宮崎亮の出鼻をくじくジャブで距離を支配し終盤の打ち合いではポイントを失う場面もあったようだが、4度目の防衛に成功した。彼は長身でフライ級に上がって井岡一翔と大阪でやってほしいね。テレビい局の関係でむづかしいとは思いが、実現すれば是非生観戦したいので生き延びたいね。

CrK4r8IUEAA062X.jpg
posted by torayosa at 00:14| 神奈川 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

熊紋美子大好きの景色パート2(その6)

オリンピック競技報道の能天気?

DSC_2652 (750x422).jpg
ものごとの結果には当然ながら、なるべきしてなった結果がある、というのは昨夜のセレッソ大阪対松本山雅との試合に現れた。2位と3位の対決でセレッソ大阪は一週間前にホームのキンチョウスタジアムで横浜FCのキングカズの同点ゴールで流れを変えられて一気に4分後に同点を許し、あちきが息子の都合で席を立って駅から見え隠れするスタンドを眺めていたら、アディショナルタイムに逆転を許したことを知るこおtになった。

そして昨夜は運試しに松本市の観光キャンペーンの果物の試食くじ引いたら、あたりがでてスイカが届くことになり嫌な予感がした。しかも雷雨があり45分遅れの開始。

プーマキャンペンは悪くはないが、あちきも柿谷曜一朗ユニ新調して靴も帽子も靴下もプーマで臨んだがそれでもディフェンスのミスからのパウリーニョの1点が重くのしかかった。松本山雅の攻めは両サイドの右サイドからのチャンスが多くコーナーキックでしのいでいたのは救いだったが、39になったときに、あちきの感覚は嫌なスイカにあたった予感がよぎった。山雅の特点は43分だったからそれが的中した。

後半当然ながらFW二枚投入など得点をとる布陣に切り替え健友をトップにした。だけど崩し切る決定機は造れなかった。GOALは遠かった。アディショナルタイム5分もあるのに無用なファウルで時間を使われ、キム・ジンヒョンもプレスをかけられ危うくダメ押しをくらいそうになり下手はパワプレーにもならない攻めはいたずらに時間を消費する羽目になった。

セレッソ大阪のプログラムにはサポーターの力が勝利に、と、いつも書かれている。しかしホームで勝ちきれない負け続けるのは13年シーズンから毎年の傾向だ。だからいまさら驚かないともいえるが、これではこの素晴らしいサッカー環境を無駄にするのではないかという危惧がある。


と、サポーター愚痴を吐いたところで、この敗戦記念日の鈴木武樹にまつわる、話を日記に書き留めておきたい。あちきは二十代半ばに鈴木武樹の東アジアの古代文化を考える会に出会い、江上波夫の講演を聴き習ったことのない古代史の騎馬民族史スキタイ文化のに触れ感動した。何も知らないことを知った。その各論を鈴木武樹に教わった。直接ではない。著書が中心だった。しかし、小田実や本多勝一に影響される以上に衝撃だった。その後にわらび座原太郎があり、梅棹忠夫がいる。さらにいえば、竹中労後年少しは影響されたこともある。

今日は陸上の100メートル決勝がある。オリンピック華だ。ボルトが走る。


かつて鈴木武樹はあちきが就職した会社を辞めるころに『婦人公論』1972年3月号で「オリンピックは《根性》より《欲望》で!」という1文を書いている。『共和国を夢みる論理』(すずさわ書店)に再録されたいた。


そこで「オリンピック」を「オリンピック競技大会」ということを記し、後者の語感について「個人のわざの競いあいという面に力点が置かれて、あるいは、ありきたりのスポーツ大会の印象が強くて、ありがたさが足りないと思われるのである。」
DSC_2710 (750x440).jpg
「たいまつ」を「トーチ」と言い換え神聖の意味がないのに翻訳は「聖火」と叩き込まれる。


「オリンピック」の場合は、言葉をカタカナで構成することによって神秘性を構成することによって神秘性を添えようとする試みが見られ、「聖火」も場合は、もとの単語をまったく別のもので置きかえることによって荘厳さを表そうとしているわけだ。いずれも、政権争奪の内覧ないしはクーデターを「明治維新」と呼び、「退却」を「転進」、「敗戦」を「終戦」、「占領軍」を「進駐軍」言いくるめたと寸分たがわぬ、言葉のすりかえである。

(その後続きはのちほど…)
posted by torayosa at 09:32| 神奈川 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

熊紋美子大好きの景色パート2(その5)

もし、鈴木武樹健在なれば…

鈴木武樹が突然なくなり早や38年が経つ。43歳での急逝だったから健在ならばまだ80過ぎだ。男性の寿命ほどにも達したぐらいだ。あの広い肩幅大きめの四角い目立つ顔、通りの良い大きな声、飽きさせない巧みな話術にそのまま文章になる論理の組み立ては、新鮮で驚きの連続だった。

DSC_2720 (750x425).jpg

根っからの63制時代の申し子を自認する磐田の天才少年の誉高かったが、その伝説はいま、ウィキペディアでも無残に削られ残骸が残っている感じだ。しかし、彼の寄って立つ基盤はみごとに一貫していた。それゆえ、自らが尽力した「東アジアの古代文化を考える会」での設立運営に当って、古代史研究の市民運動の寄って立つ趣旨に沿う仲間だった金達寿(日本の中の朝鮮文化シリーズ)などにも批判されることになり、自らは東アジアの古代文化を考える会から退くことで決着がついた。

その顛末記は『古代史の魅惑と危険』(亜紀書房)の解説に詳細がある。著者は当時毎日新聞社・社会部副部長だった原田三朗で「武樹・古代史・東アジアの古代文化を考える会」と題した解説を記している。

鈴木武樹は『共和国を夢見る論理』(すずさわ書店)の「敗戦に始まるわたしの古代史研究」(『流動』1975年6月号初出)の中で金錫享(キム・ソッキョン)教授の『古代朝日関係史』の著書日本語翻訳版に出会い大きな影響を受けたという。倭国分国論ともいうべき内容で当時の皇国史観で神功皇后の三韓征伐の虚構を摘発する衝撃だったというのだ。いわく三韓・三国による倭国の分割統治? もちろんその後の研究によりその説が成立しているのかどうかは定かではないが、鈴木武樹は倭国古代史研究の正当の綻びについて理解を深め、その研究論拠をイギリス史の方法論に求めた。


《つまり、イングランド史。ウェールズ史・スコットランド史、アイルランド史を包括するものとしてのイギリス史は、フランス史ドイツ史に関わる知識なくして成立しないのと同様、倭国史・エミシ(蝦夷)史・琉球史を包括するものとしての日本史もまた、朝鮮半島史・中国大陸史の知識なくして成り立たないのである。》
190頁)と書いており、エミシ史・琉球史を包括するものとしての日本古代史は中国史・朝鮮史のほとんどを捨てており、これが《日本古代史の研究が学≠スりうるかいなかにもかかわるほどの大問題ではないか。》ということで根本的なことを日本古代史(国史)研究の学会批判をしているのだ。

その伏線のなかに彼が沖縄返還闘争のいわゆる国会爆竹事件の実相から見えてきた沖縄青年同盟への共感を述べているのが、『我が夢想と戦いの日々』U章に集められた小論の「幻想大国≠告発した我が沖縄闘争……沖縄青年同盟の新しい発想(44頁)及び「呪われた日本人≠フための《第二解体新書》……沖縄青年同盟の告発に答えて(55)だ。

いや、実はいまドリカムのベスト・アルバム3枚組CDをプレイリストのメインにした曲かけながら何を思い出しているかというと、7月10日の万博での「私だけのドリカム」に急遽行ったときに、ドリカムの登場は午後6時からと知り、エクスポシティの109映画館で歌舞伎の『阿弖流爲』を見ていたときのことだ。

あちきが『炎立つ』(高橋克彦)を読んだのは2012年だが、狗HKの大河ドラマは見ておらず、後に放送の再編集ドラマを少し見た程度だった。しかしこの新橋演舞場で昨年の7月に演じられたという歌舞伎の演出には正直度肝抜かれれた。演出が劇団☆新幹線のいのうえひでのり・作中島かずさで、市川染五郎、中村勘九郎、中村七之助らが随所で歌舞伎の見栄の所作をみせながらも凄まじい立ち回りをするのだ。また場面展開の目まぐるしさにも関わらず、天皇を神格化する宮中の謁見の批判精神の姿なきものへの畏敬の念のおろかさや、懐柔された裏切り蝦夷の葛藤などこの歌舞伎を生で見てみたいと思ったものだ。そして武人の坂上田村麻呂の英雄視や阿弖流爲の蝦夷の信仰や宗教観や部族のまじないや信仰にもとづく対立と蝦夷統一行動と武人としての策略を駆使したその振る舞い自分の命を賭しての妥協! 


あちきはこの作品を見て鈴木武樹に学んだ蝦夷が俘虜として各地に配属されたことを少し知っているので九州に蝦夷語の痕跡が仮にあったとしても全然驚かないのだが、後に蝦夷語とアイヌ語との地名研究した山田秀三の成果が金田一京助をして驚かせた生涯を賭した仕事が実は道半ばだったことを思い出しもした。


蝦夷=アイヌ説は別の問題が政治的にあったらしいが、このブログでは沖縄・琉球史にたいするあちきのおさらいである。おさらいというのは、森浩一の『古代史おさらい帖』が常に頭の片隅にあるからであり、この言葉自分が日課で河内音頭のお稽古や江州音頭のお稽古するのにも便利な言葉で重宝している。


いま、沖縄東村高江で日本国政府が全国から機動隊を集めて住民を取り囲むヘリパッド建設を強行している。6日がその工事強行突破の節目になるというわけだ。それにしても三上知恵の『標的の村』のドキュメントを見たら一目瞭然なのだが、ヘリパッド建設は村の住民を標的するように建設される。もちろん普天間基地返還協定になかったオスプレイ配置は2012年に強行された。普天間基地の辺野古移転も相まって、沖縄が未だに日本国の軍事防波堤という事実上植民地状態にあることは、最近の米兵の女性殺害事件でも明らかだ。日米地位協定がこの島では常に日本国憲法より優先する。


東村のやんばるの森はヤンバルクイナの繁殖地であり沖縄の動植物の生態系や水資源・木材資源の確保にも欠かせないというのに、この資源生態系を無視したヘリパッドを住民を囲むように作るのだ。沖縄返還協定の少し前、ベトナム戦争のゲリラ戦の訓練はこの地キャンプシュアブで行われていた。その実践ゲリラ訓練はまさしく沖縄住民を標的の軍事演習だったのだ。

普天間基地返還、辺野古移設はもちろん自然の珊瑚やジュゴンの生息地であり自然環境を壊しつつあることは、工事区域の海面を巨大アンカーブロックで浮き玉で仕切り辺野古基地移設反対派と基地誘致賛成派との対立を煽り強行されている。

三上知恵のドキュメント映画『戦場ぬ止どぅみ』を見ればその実態が鮮明に記録されている。誘致賛成に転じた漁師は遠くの監視船に乗りもと仲間の漁師を見つめ高い日当を手にするのだが、実際は漁師として漁で取れた肴を捌き仲間と呉越同舟したときの顔が彼らの人間らしい姿であることを見せてくれる。

環境大臣留任で東京オリンピック担当が丸山珠代元テレ朝アナになったらしい。あの大臣が環境大臣なら沖縄担当もさせてみたらどうか。自分の顔を白塗りにする新東京都知事と白いスーツに紺の組み合わせを競うファンションはいかがなものか? という陳腐さが漂う。漫才や落語の枕のネタにはなりまっけどね、ここまでかぶるか? 

そういえば、Qさま3時間スペシャルで辰巳琢郎と宇治原の上着が黒白のチェックで漫才コンビの並びの映像があったが、こちらはクイズ番組なので洒落ですむ。しかし、新都知事と留任環境大臣兼東京オリピック担当大臣のかぶり具合は異常だっせ! 


新都知事の勝負服は緑のスーツ違うんかい?

本題にすすむまでダラダラ書くのは、読んでいただきたいお相手が一に熊紋美子さんであるからでありんす。

もっとも読んでいなくともそれはあちきの思いでありんすから、仕方おまへん。この病は崇徳院の若旦那の病のように、お相手を探し当てないと成り立ちまへんからね。

もちろんなにかの弾みで羽琉多筆記モデルが読んでくれてもうれしいが、最近は出会ったようなそうでないような、ロンドンに住んでいるので日本にいないでしょうから、空似だろう。あむろっちもどきかどうか知らないがガンバ大阪対サンフレッチェ広島観戦の電車で足の爪ヘニニキュアを偶然目にして、網膜に焼き付いている。が、問題だらけのRIOオリンピック一色のニュースが流れだした。

実は横道にそれるが、『温人NOTE Loose Leaf』にはオリンピックやワルドカップサッカーについても一緒にお勉強しようということを企図していたのだが、現実の政治状況は景気悪いは安全保障法案という名の戦争法案の強行採決などがあり、そこは中断した。あむろっちがライジングとの契約が切れ個人レーベルや個人事務所設立でエイベックスが仕切り電通が絡むという話などがあり、あちきはそんな魑魅魍魎の世界は知らぬが花というわけでやめたのでありんす。




沖縄青年同盟は過激派? ではない。


鈴木武樹の小論に戻る。

1971年11月『朝日ジャーナル』初出だからあちきはこの小論を初出では読んでいない。しかしそのころつまり務めていた会社を辞めることは決めていたので背伸びしながらも『朝日ジャーナル』もよく買っていた。平凡パンチほどではないが、周りに教えてくれる人がいなかったので買っていただけで読み込んでいないから、そのころ鈴木武樹の存在は覚えていない。

この論を読んだのはあちきが返還前の沖縄旅行を会社に有給休暇を出し社長に却下されて、急速に会社への愛着がなくなり、辞めることだけを決めたきっかけがこの沖縄返還闘争だったのだ。


PicsArt_1423657316471.jpg
《幻想大国≠告発した爆竹

……沖縄青年同盟の新しい発想……》と題された小論は衆議院本会議の傍聴席の描写から始まっていた。

《そのとき、衛視が足ばやに歩みよって、わたしの左下の、最前列のいちばんはしにいる老人の背中を揺さぶった。老人はからだをはねおこして直立不動の姿勢をとり、それから、連れらしい、隣の男にテレくさそうにほほえみかけた。居眠りすると、国会の傍聴席では注意されると、前もって開かされていたが、その、まさかと思ったことが、わたしの目の前で実際に起ったのである。
 十月十九日、衆議院本会議のことだが、開会後、》


ここまで書いて中断したのは極めて個人的な母親30回忌の供養に河内音頭踊ろうと思ったからで、高取納涼盆踊りに11、12日の四天王寺盆踊りと3日連続の河内家菊水丸の櫓に通いなんとか初期の目的は達成した。昨夜は町内会の盆踊りで仕上げやけど、河内家菊水丸の新聞詠み音頭の新作聖徳太子一代記は一時間賭けての音頭で耳に心地よかった。音を聴いていると豆勝ちの足がおろそかになり、下駄は底のゴムカバーに砂利の小石がはさまり、石畳にたたら踏むという具合で安室奈美恵がピンヒール履いて踊りながら歌いまくる姿思い出してプロは凄いと改めて実感した! 

もとよりわらび座に興味もったのもわらび座が各地の踊りを舞台化していたからで、それを思い出したら小遣いあれば、郡上八幡の郡上おどりもお盆過ぎてもあるではないかと、思っている。

しかし、今日はセレッソ大阪対松本山雅観戦だ。KAMOで柿谷曜一朗のユニ買ってPUMAなんかの特典のシールでももらうか。柿谷曜一朗の特性ハンカチをいまも、壁のboardに貼り付けているのは彼の才能はこんなもんでないハズ、と感じているからで怪我からの復帰祈願でもある。監督采配は? の外れ多いから選手が頑張らないとどうもしょうない。横浜FCキングカズにやられたのは、悔しい限りだ。あちきの目論見では前半に3点取り、後半のカズさんの得点をミックスゾーンで見て、つまり49歳5カ月のLEGENDGOALも楽しもうという魂胆だったのだが、2対2に追いつかれた時点でこりゃ駄目だと思って、息子の都合もあるので鶴ケ丘の駅に向かった。そこで駅に届いたため息の怒号がアディショナルタイムの逆転GOALというわけだ。


本来は疲れているので行くつもりなかったが、山雅叩いておかないとヤバイので子どものころから慣れ親しんだ臨南寺の横のキンチョウスタジアムには行かないわけにはいかないというわけだ。J2に落ちると動員も極端に落ちる。ガンバ大阪の吹田スタジアムの盛況も楽しみとその違い明白だ。

大阪ダービの復活のためにガンバ大阪はここからの試合はすべて勝点取る、つまりコンサドーレ札幌を抜いて1位で復帰が望ましいのは当然なのだ。

ついでに一心寺もお参りできるし、父の骨仏には今日も浄土宗日常勤行のお経も唱えられるという段取りだ。


智辯学園がエラーから崩れて接戦を負けたので甲子園球場に行くことはなくなった。21日は桂文枝「字幕落語会」(売り切れでなければ)朝日劇場と夜の部の「マイ・フェア・レディ」(霧矢大夢)に行く予定だが、まだ切符と取っていない。セレッソ大阪がすっきり勝てば気分よく行ける。ちなみに17日は天満天神繁昌亭の桂かい枝と松尾貴史のふたり会に行く。松尾貴史がやる中島らも創作落語の「神も仏もアルマジロ」奇想天外な面白さは古典落語のパロディにも通じて強烈だったので今回は改めてじっくり聴きたいのだ。松尾貴史さんは吉坊は志の輔さんまで本職との交流も深いし、この落語は松尾貴史演じるとリアルに面白かった。
DSC_6887 (537x800).jpg


と、熊紋美子さん大好きの景色取り敢えずアップしときま。
posted by torayosa at 09:19| 神奈川 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月03日

熊紋美子大好きの景色パート2(その4)

念力岩をも通す、ということわざがある。

DSC_2720 (750x425).jpg
あちきにもあるかも知れない念力を編集のQさま3時間スペシャル番組に念力を送ってみたのがあちきの行動力学だった。しかしその結果あちきの体力は想像以上に奪われていた。実際、そのためなら録画の「女たちの特捜最前線」のドラマの広報宮崎美子の画面に頬ずりするぐらいあさまし前の昼ごはんすき焼きの勢いでありんすから、そりゃひとに見せられるもんじゃない。

ポスターにアイコンタクトするのは日課、興奮したらそのポスターにキスするぐらいの行動力はある。もちろん他人に見せられない。その勢いでお稽古した河内音頭のおさらいや江州音頭のおさらいのするってわけでありんす。

「おじいちゃん! それ落語のきーやんみたいやな?」

と問われたら否定はしない。あちきは付け馬屋おえんに出会いたい願望もありんす、とかなんとか思いながら、実はこの長い枕は鈴木武樹に学んだ日々の著作のおさらいをすることから、現在の世相の暗部が見えてくるというわけだ。(8月3日追記)

DSC_2710 (750x440).jpg

Qさま3時間スペシャル』学力日本一決定戦に熊紋美子モデルこと宮崎美子さんが優勝したことを自分のことのように喜んでいる今朝、スマホの写真を整理整頓していた。デジカメのトラブルでミラーレス一眼のNIKON1が巧く映らないのでやむなくスマホを使っているがメモリ消化が半端ないのでそろそろ限界灘に来ている。(8月2日記述)

というところで、本日は沖縄のことについて記しておきたい。
DSC_2653 (422x750).jpg

沖縄の高江ヘリパットの強行工事が参議院選挙が終わると同時に行われている。この高江ヘリパッドの問題は元琉球朝日放送のキャスターでfreeとなり『標的の村』のドキュメント映画にまとめた三上知恵監督作品の上映活動に詳しい。


2012年の暮れに「温人NOTE」で大きなお世話を書きだした以後そのシナリオは予想通りに最悪の現実で進んでいるというわけだ。


わたしはそのときの付録として、多くのチラシや活動報告の冊子に加えて、孫崎享氏の著書まで付録につけた。それが温人くんに届いているかあむろっちが目を通しているかは不明だが、事実はあのころ野田政権消費前10%三党合意と沖縄にオスプレイ配置を強行したことで、賽は投げられルビコン川を渡り、政権与党民主党が自公に政権を奪われる失態を加速させたのは記憶に新しい。


たとえば、当時のビラで外国人ジャーナリストの視点から思いやり予算の不都合な真実を訴える方はドキュメント映画制作活動を展開していた。

思いやり予算が当時の彼のビラですでに総額6兆円を超えていると訴えていたものだ。東村高江の現状は燐光群の『星の息子』でも年末の高円寺の公演で舞台でリアルな音響を使って展開されていた。その延長線上に衆議院と都知事選の同日選挙が行われ安倍政権を成立させ極右が雪崩をうって主流になり、安全保障平和法案という名の戦争法案の強行採決に公約違反のTPPの強行、なんでもかんでも嘘だらけ、さらに消費税10%公約を伸ばしたことがまるで、手柄のような悲惨な経済政策の破綻、外国での金のばら撒きを限界に来ても、マイナス金利が歯止めかけると黒田日銀総裁が言えば銀行株の低下に安堵感で銀行株の株価少し戻すとかもう子供だましの世界だ。実際休日に1000円の金額をキャシュカードで出すのに手数料108円も当該銀行でも取るようになったのは、消費税を8%にしてからだ。

DSC_2704 (750x422).jpg
奈良南都銀行のひどさは際立っている。あちきの住む橿原神宮前支店と目と鼻の先にある神宮前東支店から家賃を振り込んでも手数料取るのだ。しかも当該支店からでも振り込みカードを使わないと手数料を取る。ここまで露骨な手数料詐欺のような地銀にどこに魅力があるのか。結果ゆうちょにながれゆうちょの金やかんぽの金は外資に狙われ続け、アフラックなどの損保保険代理店としてゆうちょは母屋を乗っ取られつつあるわけだ。


ゆうちょ株の放出の度に外資が買い占めるという構図が実相なのだ。

ところで話の緒のために簡単に琉球史をおさらいしておこう。


手元に『琉球王国』(高良倉吉)の岩波書店の付録の年表があったので少し記しておきたい。記述は自分が省略や変更もあります。


*約3万年前(旧石器時代)新人と推定される山下洞人(約3万2000年前)、港川人(1万8000年前)が住む

*約5000年前(貝塚時代)縄文時代始まる。時代が下ると共に日本列島と異なる独自性強める

*紀元前後  弥生文化の波あるも影響なし。古墳文化の痕跡はない。

*7世紀  『随書』東夷伝に「流球国」が登場。ただし台湾・沖縄・折衷説もあり。


*8世紀  鑑真和尚の乗船が「阿児奈波嶌」に漂着(753年)

12世紀(グスク時代) 栽培農耕開始。鉄器普及。政治的統率者の「按司(あじ)」が現れグスクが各地に造営された。

*13世紀 元軍 沖縄本島襲来(1296年)

*14世紀(三山時代) 沖縄本島三北(今帰仁グスク)、中山(浦添グスク)、山南(島尻大里グスクまたは島添大里グスク)有力按司が鼎立

*1373年 明の皇帝の使いが柵封促す。中山王・祭度受け入れ弟泰期派遣入貢。
山北王、送る。三南王も入貢。以後500年間中国の柵封体制に進貢。
「琉球」の表記確立。

*1389年 祭度高麗と通交

*1392年 明に留学生

*1401年 冊封使来琉 シャム一船来琉で交易始まる。

*1406年 思紹、尚巴志父子が浦添グスク中山王武寧を滅ぼす。王位簒奪し首里城に拠点移したと推定!


1416年 尚巴志、山北の拠点今帰仁滅ぼす。

1429年(第一次尚王朝時代) 尚巴志、山南の拠点島尻大里グスク滅ぼし統一王朝=琉球王国成立。首里城が拠点に。

1458年 護佐丸・阿麻和利の乱起るが、中国・日本・朝鮮・東南アジア諸国と貿易船派遣により貿易立国として繁栄

1470年(第二尚氏王朝) 首里城でクーデター。金丸が即位して尚円王に。第二次尚氏王朝。

*1477年 第三代国王 尚真王即位。奄美から八重山の島々版図の琉球王国絶頂期に。


*1542年 ポルトガル艦隊来航。


*1543年 1490年以来続いたパタニとの東南アジア貿易衰退。1570年シャムとの貿易も最後に。

*1591年 豊臣秀吉、尚寧王に朝鮮出兵の兵糧供出要求!


1609年 薩摩が徳川家康の許可を得て琉球侵略。尚寧王や重臣連行し薩摩の支配。

琉球王国は事実上幕藩体制に従属させられる。
薩摩侵略までを「古琉球」薩摩以後を「近世琉球」という。


1637年 先島(宮古・八重山諸島)に人頭税。


1666年 尚象賢、尚質王の摂政となり王国の立て直しをする。

*1928年 蔡温が三司官(大臣)になり王国安定。琉球文化体系成立

*1866年 最後冊封使来琉。

http://www6.nhk.or.jp/drama/pastprog/detail.html?i=tempest2011
(この辺りは安室奈美恵エンディング挿入歌Tempestの狗HKドラマの仲間由紀恵主演?のテンペストに詳しい)薩摩と明との二重支配のなかでの政治的戦略を常に求められた。)



*1872年 明治政府 琉球藩 藩主に尚泰王に。

*1879年 琉球処分 沖縄県成立させ首里城明け渡し、尚泰王東京に幽閉。琉球王国潰す。(1880年には中国清とアメリカグラントとの調停で琉球分割交渉行われる)



1903年 人頭税廃止

1945年(米軍統治時代) 沖縄戦で20万人余の県民が犠牲となり太平洋戦争敗戦。

*1972年(沖縄県) 沖縄復帰。日本国に戻る。




この最低限の歴史のおさらいを踏まえて、あちきは鈴木武樹が沖縄=琉球史を踏まえて沖縄返還闘争の歴史を述べていることにいつも気になっていた。それはあちきがヤポネシア古代史の視点を「東アジアの古代文化を考える会」で教えられたことと符号するからだ。



私の自分史のなかで沖縄返還協定以後の日本の歴史を振り返るとき鈴木武樹と江上波夫とわらび座創始者の原太郎の影響は大きい。鈴木武樹は革新自由連合の選挙に関わり羽仁五郎に「キミも出たらと」促されて自ら参議院選挙に出馬することで寿命を縮めたようで、翌年に胃がんで急逝した。あのショックは自分のなかで死に対する刹那を知らしめた。後の糖尿のバセドーで最悪覚悟での死に急ぎ行動に通じた。しかしすい臓がんではなかった。

わらび座が呼び起こしてくれたのは日常の中の庶民の非日常に祭りがあり盆踊りがあり、それがあちきの育つ環境にもあったといううことだ。つまり母親の鉄砲光三郎の追っかけで河内音頭の櫓めぐりで子どもをほったらかしにして趣味に生きていた夏。

たとえばあちきはいま、Aさんと距離置かざるを得ないわらび座再訪のショックな出来事があったから自分の方から彼女に求めるものは何もないが、当時彼女が翌年の選挙を控えて文化工作隊として躍動していたころ単茶目やエイサーの太鼓の締め太鼓の音が耳に残り万座毛の絵葉書の風景が思いだされる。もちろんその頃ベトナム戦争以後も沖縄に普天間始めとした基地があることを知ってはいたが、日常の失恋からの立ち直りこそ急務であちきは鈴木武樹の選挙にひとりでビラ撒きしたり事務所に筵旗をおろし和田誠のイラストを模して大きく2枚のむしろにペインティングして掲げたものだ。家主とは以後、不仲になったが覚悟の上の意思表示だった。


というわけだ、兵庫県芸術劇場のとあるところで、Aさんの姿お見受けしてもあちきは話かけられれば懐かしい昔話や辛い話思い出すだけで、その所為でしょこたんのミュージカル鑑賞の楽しみ『ブラックメリーーポピンズ』が半減するのを避けたかったのでありんす。


あちきがいま、10日の母親の30回忌の盆踊りと位置づけている高取育成小学校跡の河内家菊水丸の新聞詠みで河内音頭を踊りたいというのは、他人にとってはどうでもいいかもしれないけど、すごく重要な儀式なのです。雨がふればしゃないけど毎日河内音頭朝に10分ほどお稽古するのは必然なのです。

そして7日に息子とセレッソ大阪応援に行くのも必然なのですよ。もちろんその前に一心寺にもお参りに行きます。


Aちゃんそういうわけで、辛い思い出は昇華するのに時間かかりまっせ! 

あのとき角館でかたせ梨乃さんに出会ってなかったらあちきは狂いそうな思いで大曲で長い待ち時間をすごしたことだろう。東京への深夜バス行。そこのホテルで受付嬢の金メダリストのMさんに親切にしていただけたので、もろこしのおみやげさし上げたのですよ。

白木屋ではおかげであむろっちには、とんでもな失礼なことをしていたというわけですよ。

いま、熊紋美子さんと仲良しになりたいのも自分史には必然でありんす。安佐木夢見史モデルの必然も貴重な書評であちきの知りたい事実確認に欠かせないというわけでありんす。




宇多田ヒカルさんにあちきのNOTEが届いていれば、その内容は現在のわらび座を誹謗中傷しようなどという意図がないことは明白です。ただ、自分史の歴史は断続していたというのが事実。再訪のときのわらび劇場の一人芝居の感想はご本人に届いていると存じます。

その後藤沢市でわらび座公演の『思い出ぽろぽろ』ジプリ作品を観劇したが、あちきの頭は2006年安達和平との再会での『棟方志功炎じゃわめく』(綾部公演)で止まっているということでんな。
http://www.warabi.jp/munakata/

あの最後の感動はもうなかった。ジプリ作品はアニメで楽しめるということでんな。ソロの歌は旨かったけどね。その後、宝塚スターで再演されていたけどその入場料が当時の安室奈美恵公演と同じ値段なら安室奈美行くということでした。

もちろんAさんの手紙あちきの自分史に引用したり鹿踊りの手紙(宮沢賢治引用)送ったのはあちきの精一杯の思いを伝えたかったからでありんすが、伝わっているかどうかもわからんとはね。その衝撃はあむろっちをかまっている余裕など吹き飛んだといいうことでっせ。

やべっちFCもそのことは関わってましたわね。あちきは角館で熊紋美子モデルに差し上げようとした爪楊枝をかたせ梨乃さんに小説つきでさし上げたのでした。

(この項の本編はこれからだ)
posted by torayosa at 15:16| 神奈川 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

熊紋美子大好きの景色パート2(その3)

為せば成る 為さねばならぬなにごとも 
為せぬは人の為さぬなりけり

お台場のジョー.jpg

中学2年の年の担任の先生は日記の添削に多くの言葉を添え書きしてくれた。そのひとつがこの言葉だ。言葉は言霊といわれるだけに、中学2年生になって始めて勉強して成績が挙がったときの喜びを教えてもらった先生との出会いは貴重だったと社会人になってよく思ったものだ。


もうひとつ、

求めよさらば与えられん
たずねよさらば見出されん
門を叩けよさらば開かれん

と聖書にあります。と卒業間近の余興の賞として下さったNOTEに書いてあった。


いま、あちきは自分の生はずっと一日一日格闘して勝ち取り明日を夢みて生きているというか生を一日ずつ延長戦しているような感じだが、感覚が冴えるときの喜びは大切にしたい。また同時に息子のことを思うと、あちきは本当に息子のことを大切にしているのだろうか、と自責の念にかられることがある。しかし、自分の生き様は野垂れ死に覚悟の人生ゆえ、後悔よりも

「為せば成る」の心意気があり「為さねばならぬなにごとも」となり、


「為せぬは人の為さぬなりけり」と定めたとき、明日が来ることを信じて今日を生きている喜びを感じるのは事実だ。

また自分の人生は常に

「求めよさらば与えられん」の行動が必要であり、

「たずねよさらば見出されん」その秘策を実行し


「門を叩けよさらば開かれん!」と現場へ赴くということで、

CKUexWjUsAIeHbr.jpg
前置きが長くなったが最近いくつかの行動を秘策ということでもないが行動を実践してみた。

ひとつは高校野球奈良大会の2回戦高田商業対智辯学園の観戦で智辯学園に重圧を掛けエース村上の春夏連覇への出場を波乱の末に実現させるという絵図の実行だった。


もちろん当日は高田商業のタオルを買い首にかけ高田商業を応援する根拠を関係者の方に告げて用意していたクーラ(ファイティングニモ)キャラ仕様の中に弁当や飲み物も入れて熱中症対策も万全にしていた。


結果いきなり高田商業が先頭打者安打、エンドランが決まって先制するという思い通りの試合になった。智辯学園は4回にようやく同点に追いつき、五回まで1対1の接戦だった。
六回になり、智辯学園のチャンスが来たときに、

あちきは四番福元に向かって「ホームランをぶち込んで試合決めろ!」という趣旨の叫びを並びに座るテレ東のMTアナらしき方に聴こえるように発した。


その刹那あちきのヤジに偶然福元が応え2ラン本塁打を打った。そこで高田商業は一気に崩れBIGイニングを作られて七回に力尽きコールド負けした。

智辯学園の3回戦は磯城野高校だったが、あちきは早朝から、五代目桂米團治の独演会に行くことでときめいていた。前日にわずかの当日券が取り置きできるということを電話で確認したからであった。


思えば20日には大阪の上六に行き生国魂神社参拝して昼飯は成城石井でかった旨い弁当を喰い、そこで珍しく参拝していた白人カップルに織田作之助の像について、ブロークンイングルシュで説明してたりした。

「デュ ユー ノウ 織田作之助?」

「オオサカ ジャパン ノベラ−」とかなんとか話して

「メオト ゼンザイ ユー ノウ?」とかなんとかそれでも少しは通じた。

「デュ ユー ノウ? ジャパニーズ コメディストーリー ラグゴ? ユー ノウ−?」

「ノウ 狂言 ジャパニーズアーティスト シャーリン 井原西鶴ジャパニーズノベラ− ナニワオオサカ エドノベラ− モニュメント」とかなんとかかんとか、いや、天満の天神さんなどや一心寺は外国人の参拝もあるが、生国魂神社でこういうカップル見掛けて角ハイボールのアルコールの力借りて、テンション上がってルー大柴状態でエグザンプル?

いや、その伏線は夜の井岡一翔と和気の清麿のボクシング観戦にあったのだが、観戦の周りには、あとで気づいたのだが落語家の連中が集団で来ていたようで、さらに横にはやたらボクシング観戦に慣れている子連れの女性がおられたので話かけると、ボクシング教室のManagerで子どもは教室の生徒さんだった。それがうれしくてあちきのボクシング観戦やボクシング好きの歴史を話したりもしたものだが、井岡一翔も序盤苦戦したがロマゴンコピーの動きを見せたニカラグアの相手を11回にKOしての防衛まずはみごとだった。

和気はボコボコにされて後半に相手の疲れに乗じて見せ場も少し造ったとかいえ、自分の長身の距離を保てずにボコボコに打たれたのは氣志團翔の応援もむなしく残念ではあった。

穂積もゲスト解説に来ていたので、3階級制覇賭けて9月の山中慎介の11回めの防衛戦のモレノとの再戦共々観戦予定だが、勝ちきることを期待している。

というそんなこんなの23日米團治独演会で「稲荷傅(ぐるま)」に「軒つけ」に「算段の平兵衛」というネタおろしの三席堪能。いや浄瑠璃に地元高津ネタになんともシュールな殺人者? 算段の平兵衛が検校のあんまに揺すられるオチ? 難しいネタと思っいたが米團治は枕に早速ポケモンGOネタを取り入れる匠の噺また、宝塚最近見たからわかる宝塚枕の絶妙? いや、米團治を落語家にしたのはざこば師匠だそうですが、いや学者一家に米朝一門の結束の妙は、昨年3月の米朝師匠のお別れ会やことしの追善興行の『地獄八景亡者戯』の演劇で堪能したが、やはり落語は生がいいな? 

あちきはこの手で人生三度目のプロポーズ大作戦で昨年の四月から熊紋美子モデルに攻勢かけた日々、束見本の2冊めはみかんの花咲く丘になり、安佐木夢見史モデルと絡めた「九児殺人事件」の中編小説を三回書き直し、それでも中断で躁期になってゴルフ練習始めたりで昨夜は町内会の盆踊りの稽古に参加したりとまめに動いている。



というところで閑話休題。話を元に戻す。





早朝から宝塚劇場での『信長下天の夢』の月組公演・龍真咲の観劇を午前に済まし、夜は6代目「桂文枝ひとり会」をなんばグランド花月で行くという強行スケジュールでということで、智辯学園のことをかまっている余裕はなかった。と書いたがこれはまったくの勘違いだったというわけだ。


米團治の落語会のあとは夕方ハルカスの地下の丼丼で、天丼とカツ丼(ご飯少し)にビール2本も飲んで酔っ払って帰った。

帰ってビデオを見ると先発が村上ではなく先制されて大苦戦していることを知った。村上投入しても1失点加えられ4対1だったかになっているではないか。しかしその試合を九回に同点に追いつき延長11回に勝ち切っていたので正直安堵したものだ。

あちきは村上要する智辯学園には春・夏連覇して欲しいと願っている。それは藤浪が大阪桐蔭で成し遂げた史上7度目の快挙以上に意味がある。奈良を地元とするあちきの郷土代表が連覇するという喜びのチャンスは生涯もうないかもしれないからだ。


しかし、いじわるなあちきは智辯学園のエース村上に限らずチームに重圧をかけ続ける秘策を実行し続けた。27日の准決勝戦では一試合目の天理高校対奈良大附属高校の試合から観戦したのだが、その試合の絵図もあちきの狙い通りの展開になった。常勝の天理高校の打線を奈良大附属のエース谷口がどう交わすのかを注目していたのだが、狙いは当たった。

先取点を取ったのが奈良大附属だったからだ。一回に谷口が二死満塁で崩れていたら終わっていただろうが、五回の満塁もしのいで気がつけば九回裏まで来た。谷口は先頭の檜垣に安打を許したが捕手が牽制で刺した。一死。しかしつぎの打者に四球を出し、安原が打席に立った。檜垣の安打で強打の天理が3安打だった。

安原が高めのスライダーを大きく振ると打球は観客席の防御ネットの飛球線を見ている角度より高く上がり遠くへ伸びた。漫画のような逆転サヨナラ本塁打だった。帰ってビデオ見たらあちきが現場で見た角度より打った瞬間に本塁打になるであろう映像があった。あっぱれ安原だ。


あちきは絵図はこの98回大会の決勝は智辯学園も天理も苦戦する面白い試合をしてもらうが、両校勝ち上がり決勝は智辯学園対天理高校の頂上決戦をする、というシナリオだったのだ。


しかし、郡山高校にも阪神タイガースのOB投手がいたので、そのことを弁当を買い出しにでたときに郡山高校のチアーガールふたりに話第一試合の試合を経過を話、

「おじさんも郡山応援するから、あなたたちもさっきの試合の例あるから最後まで諦めたらいけないよ。しっかり応援しようね!」滔々と語りかけたものだ。

結果、打線が準々決勝でも爆発していた郡山は簡単に先取点取られたのに、一回になんと村上から2本塁打を放ち1対3と逆転してしまった。二番桑原の同点本塁打に四番黒瀬が2ランをライトにライナーで運んだのだ。

いや、智辯学園が小刻みに追いつきそうになると五回には桑原の2本目の本塁打で突き放すという面白い展開だ。郡山は太田、野間、大倉を継投でしのいできたが、七回に七番・大橋に本塁打を浴び同点になり延長戦までもつれた。


結果は一番・納の勝負強さの決勝で村上の力投の150球が報われたのだが、しかし、智辯学園の外野のシフトは異常に深かった。ランナーでると長打だけは許さないシフトや打球を予測してのこまめな外野手の守備位置の調整など、村上頌樹という投手を信頼してのシフトだろうが名門郡山高校がここまで常勝の選抜優勝高を苦しめたのは賞賛に値する。


あちきもチアーガール二人に熱を込めて話たことが内容的に生きて満足な結果だった。ちなみに、天理高校のサヨナラ本塁打がでたときに思わず

「ばんざい\(^o^)/!!」と叫んだので奈良大附属のファンから顰蹙をかっえしまったのも事実だ。天理を追い詰めるのはいいが、あちきのシナリオでは天理高校は負けたらアカンのや! 我が関本賢太郎に申し訳ない。ちなみに勝ったときは天理カラーの紫の帽子被って縁起を担ぐぐらいの努力はしたものだ。この帽子は熊本の都市対抗にもでたことがあるクラブチームの帽子だす。どうも確認したら2006年、2008年出場はあっているが勘違い見たい。帽子のマスコットキャラの絵がゴールデンラークスとか書いていない?


熊本・大分の復興支援の気持ちと熊紋美子への思いが詰まっているとしたら、あなたは信じますか?

間違っているようだ。チームカラー紺になっているし…帽子は紫やし勘違いのようですな。

調べたら東広島市の伯和ビクトリーだった。まったく勘違いしていた。

話はもっと劇的なゴルフ番組ウオッチやあむろっちのようなものの足のマニュキュアの傾向と対策などについても言及? の茶碗?

DSC_2043 (750x422).jpg
いや、それにしてもゴルフの早朝練習で往復約九キロ歩いて、背筋痛めて肩が不調やのにA・ジュタヌガーンの二番アイアンの冴えどうなのよ?

またJ・ディのイーグル攻めのアイアン2オン。いやゴルフシーンも過激に面白くなってきた。


7日昨夜も打ち合いで引き分けたセレッソ大阪緊張の夏・日本の夏のキンチョウデーだ。行って虫刺され予防約貰って柿谷曜一朗の復帰までにいい形になりたいもんだ。カズさん出てくれたらうれしいな。LEGENDを生に見るにはミックスゾーンが最適なので間もなく予約だ。

ガンバ大阪も阿部のスーパーミドルでなんとか勝ったしセレッソ大阪はやはり定位置のJ1に戻らなアカンやろ!! 健友も覚醒してきたし守りは悪く無いのだから後は攻めの精度で勝ちきるだけやろうから、この夏の14日松本山雅との対決までに離されないことどすな。DSC_2018 (422x750).jpg

誰にいうてんねんやろ。pika01 (256x300).jpg



(以下 続く)
posted by torayosa at 10:18| 神奈川 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月26日

熊紋美子大好きの景色パート2(その2)

百舌鳥・古市古墳群世界遺産登録へのハードル!!

DSC_1961 (422x750).jpg
 あちきの若き日のいわゆる知識人の影響は最初は大阪万国博覧会を批判していた小田実の『なんでも見てやろう』に起因した。しかし現実は高校卒業して二年目に商業デザイナー学院での夜間コースに通い寝不足との闘いの日々、当日の天神祭りをそれなりに同僚たちと楽しんだとはいえ、キャバレーのねーちゃん口説いて野田のラブホでちょめちょめして出たら、やくざのチンピラに給料袋を狙われた。京橋の交番所に駆け込んだのに交番所の中までカツアゲの仕上げを求めた連中からよく逃げ切れたものだと、いまも思う。


さて、小田実は70年開催の大阪万博開催を批判していたが、堺屋太一のやり手の若き通産官僚の巧みな手腕さることながら、大阪万博の開催には梅棹忠夫やその盟友の小松左京が立案に大きな役割を果たしたことは記憶に新しい。

大阪万博から十年後摂津市に住んだこともあり、本多勝一の新聞記事や著作の影響もあり梅沢忠夫や今西錦司の進化論に興味を持つ一方で「東アジアの古代文化を考える会」に出会い例会に通いだした。そして自分には重すぎる難しすぎる著作を買い集めて読んでみた。その間に民族歌舞団わらび座に出会い原太郎の魅力、活動に興味を持ち特に原太郎芸術論集の世阿弥論は、わからないところもあったが常に頭の片隅に残ったものだ。

DSC_1671 (750x422) (2).jpg
そしていま、自分が吉野大淀の住まいを移し、バルブ時代手に届かなかった白橿の住宅に隣接したアパートに住みいわゆる歴史的文化的遺産にいつでも手に触れている日常環境にひそみその生活を楽しんでいる。

そんな折に夕方のニュース(25日)で世界遺産候補の認定について堺市の悲願という古市・中百舌鳥古墳群が3度めの正直ならず落選した。堺市役所の埴輪課長などのキャラに扮した人物は映像的には人気になったが、観光キャンペーンに必須の堺市の悲願はならなかった。

しかし、いつものことながらニュース報道の仕方がひどい。たとえば無批判に仁徳天皇陵などと平気で報道する。コメンテーターたちもそこに突っ込んで歴史的問題についてしゃべることはない。ただ、大阪に世界遺産がない、ということで期待しているだけだ。

例えばこのような歴史認識に対する問題は近代のいわゆる「皇国史観」と離れがたく結びついているだけに、中年のキャスターが無批判に「皇国史観」の認識もなく「仁徳天皇陵」「陵ですからね!」としゃべると、あちきのような立場から見るとこのキャスターは森浩一の『古墳の話』(岩波書店)も読んでいないことを知り、げんなりする。つまり表面的なニュースはただのプロパガンダでしかない。この劣化具合はテレビ番組の劣化であることは疑いようがない。

古市・百舌鳥古墳群を世界遺産にしようと思えばまず、大仙古墳(宮内庁が仁徳天皇陵と比定)また、誉田(御廟)山古墳(同応神天皇陵に比定)の古墳の年代問題の研究がはっきり目途が立たないと話にならない。それは飛鳥の石舞台が蘇我馬子の古墳といわれる以上に定かでない。

つまりこの河内の二大古墳の造られた年代が煮詰まらないといわゆる大王(おおきみ)の系譜などわからない。





例えばまずはボストン美術館にあるという大仙古墳から出土した鏡や甲冑を日本に戻し、倭国時代の歴史を復元研究しないと東アジアの古代文化を考えるという視点からほど遠いことになる。



あちきが大きな影響を受けた江上波夫のいわゆる『騎馬民族征服王朝説』は大仙古墳と誉田(御廟)山古墳の埋葬者が誰かによりこの古墳がいわゆる倭の五王とどう対応し文献と考古学的事実とどこで時代が符号するかを知る手がかりにもなるが、現実は宮内庁管理により未だに研究が進まない。明治期からの断片的な文献や外国人の調査はある。しかし、この年代の河内の巨大古墳の年代が解明されないと、いわゆる大王の系譜もわからないのが現実だ。


そこであちきが手元に常に置いている鈴木武樹の『わが夢想と戦いの日々』(風媒社)の登場となる。

《錯乱の極みといえば、過日、熊本で行こなわれた「東アジアの古代文化を考える会」国めぐりシンポジュウム・その2・筑紫(ツクシ)と肥(コマ)の古代文化≠ナ、別府大学の考古学者・小田富士雄氏が由々しき問題を定義した(毎日新聞≠S月5日付夕刊)。つまり、福岡県の岩戸山古墳は「筑紫ノ国風土記逸文」にある岩井の墓の描写とほぼ完全に一致し、これは日本でただ一つ、被葬者の確定できそうな古墳である━━そこでこれを六世紀の初頭に置いて古墳の編年をしなおすと、九州の編年編年と畿内それとの間に半世紀のズレできる、というのである。簡単にいうと「応神」古墳と、「仁徳」古墳などは、五世紀前半のものではなく五世紀後半のものだとしなければならなくなる、というわけだ。(中略)「応神」古墳、「仁徳」古墳の年代比定は、なんと、考古学的な知見にもとづくものではなく『日本書紀』によるものであるから、『日本書紀』を無邪気にしんじる姿勢から離れさえすれば、小田節は容易に妥当性を獲得するだろう。
 そうなると日本の古代史はどのように変容を受けるのか?
まず、「応神」古墳がホムタワケの、「仁徳」古墳がオホサザキの、墳墓だと信じて、しかも倭の五王°E内説を固執する学者たちは、ホムタワケとオホサザキをそれぞれ五王のあとの三人のうちのだれかに比定せざるをえなくなり、五世紀後半の倭国王の系譜は、『日本書紀』のシルスところとまったく合わなくなる。》 (14頁74年4月27日『毎日新聞・西部』夕刊 古代史をみる現代の視点)

と書き古市・百舌鳥古墳群の誉田(御廟)山古墳と大仙古墳の年代比定の問題提議をしている。

つまりこの根本問題がなにも解決研究していない段階で古市・百舌鳥古墳群の世界遺産登録の是非を問うには無理があるというわけだ。第一にやるべきはこの河内の巨大古墳の年代の洗いなおしからというわけだ。

その研究には前提として宮内庁の役割を根本からおらいなおしを必要があるというわけだ。先般、野口王墓(天武・持統合葬陵)の墳墓の丘陵地に学者が入って見学したが、文献の盗掘資料と一致する火葬の天皇陵でもまだ、この程度の段階なのだ。


鈴木武樹が仲間と「東アジアの古代文化を考える会」の市民運動を行ったころ、すぐにあちきも何度も訪れている飛鳥の高松塚が発見・発掘調査された。


そのころ自己批判の口火を切った学者がいた。当時奈良女子大教授の門脇貞二だ。門脇禎二は蘇我氏の遠祖が『百済記』のしるす木
щメ資(もくら・こんし)の子木満致=木満致が百済から渡来したのが蘇我氏の祖の蘇我ノ満智だという説を唱えていた。

門脇禎二は自説の間違いを自己批判し『日本のなかの朝鮮文化』12で発表していた。

《すなわち、わたしも亦、かつては古代朝鮮史について、任那経営とか朝鮮進出などの視角をもって論述したことがある。また北鮮とか南鮮とかの表現もした。これらは一切、根本的な誤りであった。それに気付いたから、拙著『古代国家と天皇』(1957年刊)を再販する出版?のすすめなどにも応じなかったことである。また、朝鮮出兵にその獲得をめざしとしたり、渡来した「帰化人」を、一元的に技術奴隷と規定した所説もすでに棄てている。(以下略)》16頁。73年2月『日本読書新聞・歪められた古代史』




鈴木武樹はこの門脇禎二氏についで当時の権威の井上光貞や藤間生大、川崎庸之らを始めてとした国史調査員の自己批判を待ったが、その次に自己批判したのは井上清(近代史)の方だったという。

当時は李進熙の好太王碑文の写本の研究で酒匂大尉の陸軍改ざん説を主張。(後にその説は退けられたが、研究方法論(拓本写真の比較研究・しかし現場には行っていない)としては高く当時評価された)。

以下次号
posted by torayosa at 13:55| 神奈川 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月09日

熊紋美子大好きの景色 パート2

Cmu4ucjUkAEKDte.jpgCmosPHcUMAAucox.jpg

選挙も格闘技もスポーツも勝負は下駄を履くまでわからない?

CKUexWjUsAIeHbr.jpgByTU0nmCIAE8jWS.jpg
DSC_1959 (422x750).jpg
石田純一が都知事選に臨む記者会見を行い昼間の午後のワイドショーを垣間見た。いや、石田純一無精髭ものともせずに、言葉巧みに参議院選挙への投票のススメの援護射撃ということで、某ミヤネ屋の周防仕込キャスターが主役の座奪われてなんともいえない表情が少画面に現れていた。ともあれ、あちきは「生活が第一と山本太郎」の姫井由美子さんにご縁があり奈良橿原の鉄板自民でポスティングしてみたんだけど、白橿団地のご立派邸宅と団地の落差に巷の縮図を感じたものだ。いわく団地の空き家の多い棟には名札がない。年寄り入居が多い。つまり独居老人? 明日は我が身のいまのあちきだが、あの階段上がる自信はない。分譲団地は管理も行き届き、雰囲気が一変する。甘利の斡旋利得かくありなんという、雰囲気は集合郵便受けの鍵を掛け方にも現れていることを確かめながら、チラシお断りには入れなかった。横に入っている見出しみえるような芸をして手間取った。戸建ての坂や階段は老人運動員の体力を奪い、熱中症でけつまずき、そこは休むしかなかったが、気がつけば当初の予想以上のポスティングができた。糖尿病患者のリハビリとしては一日2万歩はハードル高かったがまずまず無事に消化した。
CmqvzHzVMAAc5aE.jpgCmsz_p0UsAQTuqy.jpgCmqoPUEWIAAgmJt.jpg

少なくとも二人は手応えの票を獲得できた。


DSC_1716 (750x422).jpgCcljZsaUYAIEVbiたえ.jpg
ところで、関心はサッカーEURO2016年もいよいよ決勝を待つばかりになった。


EURO2016フランス大会準決勝で結果としてドイツがフランスに完敗した。圧倒的なボール支配で前半から攻め続けたのだが得点を奪えずアディショナルタイムのシュバインシュタイガーの不運なPK判定がグリーズマンのPK失点(5得点目)となり重くのしかかった。

後半もまずは同点にするしかないドイツは果敢に攻め立てたが、デシャンの采配がレーヴを上回った。カンテ投入でアンカーで守りを固めポグバを一列前にしたことで、ボグバが左サイドで巧みばフェイントから浮き玉のクロスを上げそれを名手のノイアーがパンチングで凌いだがこぼれ球に詰めていたフランスFWのグリーズマンが左足つま先で流し込みノイアーのいないGOALに止めを刺した。

ドイツの猛攻はその後もペナルティエリア内に七、八人も入れるパワーPLAYとなったが、及ばず敗退となった。勝負の綾はシュバインシュタイガーのPKということだったが、勝負の綾の現実は厳しいものだった。フランスはドイツに快勝したことで地元開催優勝の栄冠が見えグリーズマンは6得点で得点王も手中にした感じだが。あちきの優勝願望はクリスチアーノ・ロナウドが控えるポルトガルへの期待だ。ポルトガルはマドリード同僚対決でベールをなんとか抑えクリスチアーノ・ロナウドがショートコーナーから先制のヘディングを決めてみせた。しかもダメ押しの2得点目もロナウドのシュートがディフェンスにあたりそれをナニが押し込んで勝敗の趨勢を決めたものだった。

http://web.gekisaka.jp/news/detail/?193516-193516-fl

ところで、勝負ごとは本当に下駄を履くまでわからないのはJ1の前期優勝が鹿島アントラーズになったことでも実証した。またもフロンターレはレッズは逃したのだ。

それで後期が始まるとガンバ大阪は宇佐美貴史のアナを大森晃太郎が埋める波乱の幕開けでアゥエーで0対3の快勝でっせ! アデミウソンにお任せ困ったときの今野泰幸ハマり過ぎの最高のスタート。後期優勝して横浜国際でのCWC参戦だよおっかさん! 期待! セレッソ大阪もなんと明日は柿谷曜一朗不在でも戻ってきた山口蛍で首位決戦だよおっかさん!!


誰にいうともなく舞台が回る。回るついでに明日はセレッソ大阪観戦に翌日はドリカム大阪万博公演でガンバ大阪の景気つけだ。さらに翌日は藤山直美と大杉漣や関ジャニ∞の出演もあるという大阪新歌舞伎座「だいこん役者」観劇だ。その勢いで16日にはなんばグランド花月の桂文枝「ひとり会」も行く。もちろん熊紋美子さんへの最後のアピールのためだ。


さらに20日には井岡一翔始めの2大世界タイトルマッチだ。思えば2年前の5月U・Hと尻触れ合う席で観戦したいわく因縁のいまはエディオンアリーナ? だ。井岡一翔陣営ははあのとき姑息にも2点リードとか思ったらしいがあの試合は負けて良かった。今度はリマッチもKOで勝ち3度目の防衛戦だ。WBAにはエストラーダという2団体のタイトルを持つフライ級スーパー王者もいるが、井岡一翔は3度目の防衛をすっきり勝って、フランシスコ・エストラーダとやる気概を見せてくれ!

WBA世界フライ級タイトルマッチ(エディオンアリーナ大阪)
井岡一翔(王者・井岡) vs キービン・ララ(同級7位・ニカラグア)
★ 井岡一翔・3度目の防衛戦=18勝(11KO)1敗

お台場のジョー.jpg
IBF世界スーパーバンタム級王座決定戦(エディオンアリーナ大阪)
和気慎吾(同級1位・古口) vs ジョナタン・グスマン(同級2位・ニカラグア)
★ 和氣慎吾・世界初挑戦=19勝(11KO)4敗2分

エストラーダはロマゴンと接戦してフライ級の2団体Champを倒しての王者だ。ブライアン・ピロリア。そのピロリアの再起挑戦をKOで勝っているのがローマン・ゴンザレスでやんす。

世界は広い。団体は多い。井岡一翔ニカラグアの小者に負けるようじゃ明日はない。婚約解消されても知らないよ。

ところで余談だがあちきはU・Hのイタリア男との再婚の前にみごとに散った。島津アリーナでの村田諒太の試合観戦がどれほど寂しいものであっったかは誰にもわかるまい。過ぎたことだ、その後もイタリア男と再婚したU・Hのような者がどこかしこに現れた気がするのが悩ましい。誰かオレの病気・統合失調症治してくれ!!


福島の般°若も罪なことをしてまっせ。松尾貴史さん?



内山高志の早期復帰を臨む者としては油断大敵!


DSC_1981 (570x750).jpg
あちきと熊紋美子モデルの宮崎美子さんとはなせぬ仲になりそこねた気配だがマーキングの光跡? は残しておきたいと最低限のいや、昨年の4月はかなり一生懸命に努力した。秋になって転居のときにさらに、別冊GOROの『激写』が出てこなかったら、こんなに苦しい思いもせずに済んだけれども、昨年の鬱期≠ェ去りいまは躁期なので小さなことにかまっているより、気ままに生きるのみ。いや、村田諒太のミドル級王座挑戦もスケジュールに入ってきた。


内山高志もうざうざしていないで、再起してそれでも負けたらセカンドステージに望めばいいのではないでしょうか。日本のボクシング界は白井義男が開きファイティング原田が道を造った。いまのChamp全盛が主役に誰が踊り出るのか? 阪本順治監督が20年も辰吉丈一郎のドキュメントを撮りつづけた伝説に続くのは誰だろうか?

内山高志は再起すればそのチャンスがある。現役ではバンタム級の山中慎介がおり、スーパーフライには井上尚弥に河野公平がいる。暫定王者倒してすっきり日本人ボクサー統一戦も悪くない。問題はTV局の問題だが…同門の田口良一は宮崎亮とやるらしい。すっきり勝ち切ってイケメン王者の風格維持しようぜ!!

長谷川穂積はラストチャンス? のスーパーバンタム級のタイトルマッチに臨むらしい。3階級となればこのクラスでの値打ちは日本で初となるから、興味ある。山中慎介は苦戦のモレノとの再戦だ。いや、帝拳のマッチメーキングはハードルが高いわ。
http://www.teiken.com/news/
山中慎介と長谷川穂積のインタビューがあります。



ちなみにこんなに団体あってなんやかんやその団体にもChampが多すぎ開発や。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E7%8F%BE%E7%8E%8B%E8%80%85%E4%B8%80%E8%A6%A7
DSC_1968 (750x534).jpg

posted by torayosa at 07:10| 神奈川 ☔| ボクシング サッカー 選挙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

熊紋美子と安佐木夢見史の諸事情の背景(その7) )

悲しいような切ないような春はあけぼの

DSC_1968 (750x534).jpg
何かを成し遂げたり、成し遂げようとする生き方は確かに多くののひとを巻き込む力がある。あちきの最近のできごとでは2005年に出会ったというかその存在が横浜国際スタジアムでトレンチコートを着た人妻の横に誰がれがくるのだろうと、と思っているだけで十分でその後ろや前にリーベルプレートサポターの陽気なアルゼンチンおやじが際どいちょっかいを達者な日本語で投げかけつつ彼らに取っては退屈だろうサンフレッチェ広島対広州恒大の3位決定戦などどうでもいいだろうが、あちきはそのトレンチコートのご婦人にちょっかい出すなどということもなく、酒の力も借りることもなく、来るべき決勝戦の趣向も考えていたことを、ブログで書いたことがある。


この数日はま、週末のりーがエスパニョーラがクラシコ対決なので体力勝負の予感がしていた。事前番組も活発でしかもあのクライフが亡くなるという弔い試合にっもなることで、生中継を見ないうわけにはいかない。というので早めに寝ることにしているのだが、うまく眠れたとしても目覚ましの音で起きれないことも多い。

それでもアトレチコ対ベティスやガルシアダービーやとなんんやかや試合があるから無理して見るが最近は一日一日体力の衰えと糖尿病のヘモグロビンA1cの数値が下がりにくくなる傾向にあるので、創作意欲といっても有名作家のように締め切りがあるわけではなく、締め切りは人生の締め切りという具合で昨夜もセレッソ大阪対ジェフユナイテッド千葉には負けられないと雨模様を心配しながらもキンチョウスタジアムに通った。当初は息子と行きたかったのだが、元妻の都合で拒否され断念せざるを得なかった。そのせいで負けたらツエーゲン金沢戦のアディショナルタイムでの同点PKを決められる展開再びの悪夢になるというわけで、ここはロアッソ熊本が負けているので首位奪回のチャンスだ。

いやはらはら時計の試合だ。前半でセットプレーからソウザの2得点でいい形(32分、38分)だったのにいきなり後半40秒でキーパーゴールマウス開けている状態で目の前の見やすい席での悪夢の失点、その後は押し込まれっぱなしの決定機をキム・ジンヒョンが2度に渡りセーブして事なきを得た。

助っ人のセンターフォワードのリカルド・サントスにいいたい。前半最初の決定機柿谷曜一朗のアシストパスをポストに当てるなや、とボヤかざるをえない時に仕事きっちりやっていたらもっと楽しく勝てた。


しかし、勝負事は勝つことが良薬。

帰ってからもリーガのエイバル対ビジャ・レアルの試合やセビージャがソシエダに敗れる波乱などにプレミアではレスターがサウサンプトンに得意の1ゼロ勝利。アルゼンチンのゥジョアは岡崎のライバルだがこのところは岡崎選抜定着、確かにプレミアの試合のもっともこれぞ速攻カウンターという見せ場満開のレスターは最近はポゼッションも増えている。あちきが優勝してほしいと思っていたトットナムが引き分けで勝ち点差が7らしい。残り6試合。レスターが古豪相手に3連敗とかしないかぎり勝ち点差は縮まらない状況をプレミアリーグが喜んでいていいのか悲しんでいていいの? というのがあちきの率直な愚問だ。もちろん岡崎慎司の活躍に不満はない。


しかしCLの準決勝ではアトレチコ・マドリード対FCバルセロナが明日にも対戦するというのがトップチームの宿命なのだ。アトレチコは最近のベティス戦で5得点するなど調子を再び取り戻しつつある。それに引き換えクラシコでのカンプ・ノウ敗戦の試合内容はメッシ・ネイマールの精彩が欠け、それに引き換えレアル・マドリードのBBCが得点に絡む活躍で勝ち越しはセルヒオ・ラモス退場後のクリスティアーノ・ロナウドの胸トラップからのキーパー股抜きシュート。バルセロニスタには最悪の試合だった。

いや勝負事は下駄を履くまでわからない。柔道でも実績組が波乱の一本負けしており、女子フィギュアスケートではロシアの新鋭が高得点を出し金メダル、解説の荒川静香をして「こういう演技は一体どれだけの得点でるのでしょう」とか言っていたような気がする。

長い前置きは宇多田ヒカルのお仕事復帰ということになるのですな。

4月4日の日曜日にこのようなブログのmemo書いた日に異常なスマホの要領使いが発覚してBIGROGUEに昨夜夕方電話して原因を追及してくれとお願いした。いきなり2830メガ使用に記録がなっていたからだ。

昨年、11月移行にこのような不自然なことが何度か起こっている。Wi-Fi使用でもその記録が10Gになったことがないのにね。もちろんYouTubeやHDの動画見ればその使用要領が増えることは理解しているので、それは転居後試してわかっている。だから、不自然な容量使用記録が納得いかない。

で、アパートの電気温水器も大物ベテラン俳優の脅し? にも関わらず沸かすときに電源スイッチ入れるで電気代も自己防衛してきたのだが、再エネ賦課金の高さは異常だ。そしてこういうことに脱原発という連中も鈍感過ぎる。

あちきは何度もTwitter含めて大規模太陽熱利用発電や風力発電の不都合な真実について、信頼できる発信者や、東電の浮島や扇島の太陽光発電の実態を言ってきたが、馬耳東風な連中が多い。だから鬼怒川も氾濫するし、吉野の谷地も太陽光パネルが残骸のように並んでいるし、住宅街がその周りに隣接しても小学校が横にあっても平気なのだ。

SHARPが太陽光発電事業で早々と倒れた事実を直視しない。宮崎ソーラーフロンティだって石油はもちろん電気がないと稼働できない。ソーラーフロンティがすべてソーラパネルの自家発電で事業もまかなっているなどという幻想は誰も持たないだろう。当然だ。

あれだけのパネル製造しているのだからね。

バルセロナFCが負けて機嫌が悪い。

公式戦3連敗だ。しかも負け方の内容も良くない。良ければ勝つということだが、EURO2016年の宣伝に小柳ルミ子出すほどに新鮮味がない。小柳ルミ子がクリスチアーノ・ロナウドの衰えを指摘したらハットトリックするもんな。WOWWOWも苦労しとるな。

バトミントンの桃田ってよく知らんかったけど、年収3000万とかあったらしいね。若くて金稼ぎすぎてもろくなことない見本やな。卓球の愛ちゃんなんかあんなにCMで稼ぎまくっている感じなのに、立派やな。ロンドン銀、世界卓球選手権銀とかで団体戦牽引しているようやしね。ええ男みつけたようやし。

DSC_2024 (418x750).jpg
いや勝負事も人生も「一寸先は闇」ですな。しかし、今日を生きて明日は定期検診のついでに息子連れ帰って、日曜日にはセレッソ大阪対北九州戦だ。久し振りのヤンマースタジアム長居での試合に行く予定だ。負けないセレッソ大阪は首位なのだ。センターフォワードのリカルド・サントスもようやくリーグ初得点した。ボランチのソウザやサイドのブルーノの活躍は初戦から目立つだけにTOP下柿谷曜一朗との連携深まればブラジルトリオの得点力とチームプレーもより発揮される予感! 期待してまっせ! セレ女もまた増えることを期待だ。



posted by torayosa at 09:12| 神奈川 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする